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2006年7月号

土曜日, 7 月 1st, 2006

○月○日
ドイツの南西部、フライブルグにいる。その街の名物ステーキ店での夕食だ。どうしてこの店が街の名物になったのかというと、戦後ドイツの立て直しの時、 学生や労働者に安くてボリュームのあるステーキを出し続けた良心的な店だったからである。この店は跡継ぎがなく、何年か前に閉店した。しかし、この古い建 物や名物店としての歴史をどうにか残したい、と行政や市民が動いて、店を継ぐ人を見つけ出したという。
その店で食事をした後、奥の部屋の大スクリーンの部屋でサッカーの試合を観る。日本とドイツのワールドカップ前の交流戦である。試合は後半戦、2点立て 続けに日本が得点。勝負あったと、私もその場のドイツ人達も思いながら観ていると、ドイツの反撃で試合終了前に同点にされてしまった。さぞかしドイツの人 達は盛り上がっただろう、と思われるでしょう。しかし、それが大して盛り上がらなかったのである。試合後、口々に日本人の私に言うのは、日本が優位の試合 だった、ドイツは運がよかっただけ―。とあくまで視点は高度、冷静なのである。本当にそう思っているのだろうか?と私はその場の空気を読むのである。
うーむ。これはやはり、元々日本サッカーのことを随分と格下に見ているので、同じ土俵で論ずるのは10年早いぞ、というカンジである。
しかし、2対2という試合結果は、ドイツ、日本の友好には著しく有効だったようで、皆私に握手をして店を後にしたものである。

○月○日
早朝、大きな揺れを感じる。地震である。時計を見ると5時ちょっと過ぎ。もう少し揺れ続けたら―!?と思った時に揺れがおさまった。急いでテレビをつけ ると、震度5弱の地域に呉市は入っていた。震源地は大分県。同じような早朝の地震、阪神大震災のことが頭に浮かぶ。あの時は震度4.今回も同じ位のカンジ だった。私達は、その後芸予地震でひどい目に遭ったものだから、体で地震の恐怖を憶えてしまっている。だから、今回の地震も恐かった。それにしても私は最 近地震によく遭うのである。この1年で東京にいる時に2回も遭った。それも、同じホテルの高層階だからたまらない。1回はエレベーターが止まり、歩いて階 段を降りたこともある。
朝の地震の被害もなかったことで、夜には地震のことはさっぱり忘れ、サッカーワールドカップの初戦、日本対オーストラリアのことばかり気にかかる。
夜10時、試合開始。ドイツの天候はまるで夏の陽気だそう。1週間前までの私がいたドイツは上衣が離せなく、山には雪が積もったりしていたのと、まるで様変わりしている。
試合は、オーストラリア優勢だが、日本が1対0とリード。後半残り10分、このままの流れで、日本勝利かと思った途端、同点ゴールを決められる。そして悪夢のような点を追加される。終わると3対1。
それにしても、サッカー中継は家で観るものではない、とつくづく思ったのである。サッカーはサッカー好きの連中と観戦すべし。家のテレビの前で、?何やってんだ、こらーっ、そこそこ、いけーっ?と、声を張り上げても、関心のない同居者にとっては、ただうるさいだけ―。
あんな負け方を観ていると、つくづく体に悪い、酒もまずい。サッカーはワイワイ言いながら観るべし、と反省したのだ。
それにしても、日本サッカーチームの詰めの甘さは、どうしたものだろう。これはもう、我々日本人の精神的弱さというか、そういう資質に繋がっているとしか思えない、と強引に思ったものである。嗚呼―。