Archive for 10 月, 2006

2006年10月号

日曜日, 10 月 1st, 2006

「わが呉市いろんな話題全国版」
中国新聞に出ていた桝敦子さんの川柳である。
「呉市水道局から節水の御協力をお願いします」という有線放送が今日も聞こえてくる。呉市への送水がストップして、テレビのワイドショーにも連日報道さ れたせいか、「水大丈夫!?」という電話が相当かかってきた。中には、「船で水を運んでもいいぞ」という申し出もあった。
この全国版になった報道の流れを追っていくと、これまでには見えてこなかった事実がポロポロと浮かび上がってきたのだ。
まず、送水トンネル崩壊事故の現場に現れた藤田知事は、20何年もトンネル検査がされなかった責任を問われ、3年前に点検しようとしたが、送水先の呉市 側から断られたことが残念だったと答えた。呉市の一部、江田島市の約3万世帯の上水と日新製鋼、王子製紙などの工業用水が送水されてきた。知事のコトバか ら、検査が出来なかったのは、工業用水先の都合のせいだというのだ。ということは、工業用水を受けた会社が検査を渋ったせいで、今回の断水が起きたという ことになる。住民のライフラインは誰が管理しているのか!?断水した住民は、この知事のコトバに対して怒らないといけない。
次にびっくりしたのは倉橋や能美の温泉施設の対応である。断水したからといって、汲み上げている塩泉はいつも通り出るのである。断水で躰は洗えないが、 温泉に入ったり掛け湯はできるのだ。正規の営業をしようとすると、すぐ営業停止になってしまう。地元の人達に温泉を、ということで始めた公的施設なのだか ら、こんな時こそ正規営業はやめて、非常時なのだからこそタダで風呂だけ提供すればいいのである。最後に、一番興味深かったことは、呉市水道局の対応だっ た。送水トンネル復旧に3週間はかかるとの報道に、断水していない呉市民が、各々貯水に努めた結果、川尻や両城、愛宕地区の高台地区が断水になった。呉市 の水道は、かつて世界最大の工場といわれた海軍工廠があったので、広島の水瓶太田川から直接取水してきた経緯がある。そして呉の水源地として東広島の三 永、焼山本庄、広石内、平原、宮原がある。これ程の水源地を持つ市は、仲々ないのである。だから、どこかのバルブを開ければ、本当は天応、吉浦、川尻な ど、呉市内の水道は断水にはならない筈なのである。呉市には海軍さんのおかげで、水だけは安心の町なのに、何が不都合なのか、非常時に使える水道のバルブ を開けず、小出しでまかなおうとした。呉市民は、自分の住む地域の呉市での水道優先順位の情報開示を求めたらいい。
こんなエピソードを聞いた。両城地区の高台が断水して、高齢の方が取水した水を運ぶのに汗をかきながら階段を上がっていた時のこと。階段に面した家の庭 先で平気で水をジャージャーまいている人を見たというのだ。「水をまくな、節水しろ!」と叫んだら、ポカンとした顔でこっちを見ただけ(笑)。笑えない話 なのである。
もう一つの全国版ニュースは、呉市職員不正採用事件である。消防局から始まり、市役所にまで拡がった不正採用事件はどこまで広がるのか、これを書いてい る現在まだ先が見えない。広島からマスコミが、この2つの事件をセットにして取材にやってくる。取材するからには、呉市の保守的な悪しきところをクローズ アップさせたがるのがマスコミの性質である。事件に物語性をつけたがるのだ。
「せっかく大和ブームで、呉が注目を浴びていたのに、冷水を浴びせるような事件が起きた。やっぱり保守的な古い町なんだ」というコメントが聞こえてくる。
呉市議会に行った。議長が変わり、マスコミの取材も多かった。市長や議員、行政側の答弁を聞いていて、一番思ったことはやはり情報公開が足りないということ。そして、呉市は自力のメディアをやはり持つべきだとつくづく思ったのである。