Archive for 5 月, 2007

2007年5月号

水曜日, 5 月 9th, 2007

○月○日
広島市の宇品にある山根木材のギャラリーで、私が企画した展覧会の絵を搬入する。題名は、金昌泰|海・山・里のじかん|絵画展とした。金昌泰さんは韓国 大邱市の画家で、私とは既に10年近い付き合いになる。7年前、私の広島のギャラリーのオープニングを飾って貰った。今、韓国でも注目されている点描の画 家である。今回は、その来日した時に出合った瀬戸内海をモチーフにした絵を中心に展示した。山根木材2階にあるギャラリースペースは、広くて天井も高い、 気持ちのいいスペースである。たくさんの方に観に来て貰いたいが、ちょいと心配なのは広島市長選、市議選、県議選というトリプル選挙が行われることであ る!?

○月○日
伸ばしに伸ばしていた人間ドックの日だ。6年前の検査で大腸ポリープが見つかって以来、周期的に検査を兼ねてポリープを取り除いている。今回も予想どお り3コ見つかる。初めてポリープを取った時、良性か悪性か検査結果を待つ?時間?のことを思い出した。ガンだったら、これからの人生設計を変えなければと か、様々なことがぐるぐると頭の中を駆け巡った。最近というか、もう日常的に伝わってくるのが「誰がガンになった」ということ。私の周りの友人、知人にも ガンと共に生きている人がどんどん増えている。これほど身近になった「ガン」の情報なのに各々の経験者の情報がつながらないことが多く、どこか閉鎖的に なってしまっている。何とももったいないことである。経験者各々のガン情報を再編集出来ないものだろうか。科学一辺倒の医療だけではなく、人間の持つ自然 治癒力を高める医療がもっと広まって欲しいのである。と、エラソーなことを言いながら、ガン予備軍の私は「健康生活」が出来てないのである。

○月○日
作家の戸矢学さんと東京千駄木で待ち合せ、久し振りに酒を酌み交わす。戸矢さんは河出書房新社から「ツクヨミ・秘された神」を出版したばかりである。千 駄木は何年か前まで東京の事務所兼住居があった場所で、土地鑑はあるのだが、最近の不忍通の高層建築ラッシュで道路沿いの風景が来る度に変わっていく。戸 矢さんとよく行った店もこの10年で半分ぐらい代替わりした。変わったといえば、戸矢さんも売れっ子だったコンサル業を辞め、著述業一本で勝負に出てい る。単行本も「日本風水」「陰陽道とは何か」小説「月読」、そして今回の新刊と立て続けに書き下ろしている。現在は大手出版社からの依頼で歴史小説を執筆 しているという。話を聞きながら、私が羨ましそうな顔をしたところを逃さず「木戸さん、私はこの先の限られた時間を考えて書きたいものを何本仕上げられる か、絞ってるところです」と。ハッパをかけられながら飲む酒も、また楽しである。


○月○日
中央線に乗って吉祥寺へ。駅ビルで花見弁当を買ってブラブラと井の頭公園へ歩く。空は快晴、風も心地いい。最高の花見日和である。公園は朝だというのに 花見の客でざわざわしていた。池にはボートがうようよ。池のほとりの桜は5分咲きぐらいだろうか。池に枝が見事に伸びている桜の前のベンチに腰を下ろす。 桜の借景には、やはり濃い色、木々や池の緑色が桜色を際立たせる。休日でもないのに、一人で朝から花見弁当をつまんでいると、何か悪いことをしている気が してくる。この井の頭公園は、「私にとっては「青春の地」なのだ。また今日は花見をしていることだし、人生のハレの地!?だし、まあいいではないか」と自 分に言い聞かせながら缶ビールをクイッと飲む。ウマイ。私の後の広場には花見の番取りの若者達が、ゴソゴソと喋っている。中途半端な時間なので、まだ飲み 食いしている花見客は少ないのである。
池でポチャポチャしている手漕ぎボートのカップルを見ていると、やはりこの近くに住んでいたことを思い出す。私は井の頭公園駅から歩いて5~6分のア パートに住んでいた。当時の一番の思い出といえば、駅前にあった塚田さんの屋台のことだ。屋台が出ている時には必ずといっていい程立ち寄ったものだ。その 頃、井の頭公園辺りを舞台にした「俺たちの旅」というテレビドラマが始まっていた。中村雅俊主演のドラマで人気があり、そのドラマでもこの屋台、よく使わ れていた。最近、「その後の俺たちの旅」という30年経った後のドラマがあった。考えてみれば、一人花見をしている今の私も、同じように30年後の姿とし て変わらない井の頭公園の池面に映っているのだろう。井の頭公園の桜は昔と変わらず美しかった。
「また会う約束などすることもなく
それじゃ またな、と別れときの
オマエがいい~」
と歌いながら公園を後にした(笑)。

○月○日
神田駅北口で1時に待ち合わせ。噺家の桂才賀さんとの昼メシである。昨夜、才賀さんの行きつけの店、上野駅前の「かみや」に行くが、その日は才賀さんは 横浜でのお仕事で不在だった。急遽夜メシが今日の昼メシに変わった。才賀さんとは、かれこれ20年近い付き合いになる。本誌の連載も、だから20年になる ということか。
北口から歩いて1分の場所に広島お好み焼「カープ」はある。広島から東京に移転して成功した店だそうだ。夕方になると店の前に行列が出来るという。才賀 さんは、既に長い常連客のような態度でカウンターの鉄板前の席に陣どる。ツマミ風の鉄板焼きを食べながら、またまた昼からビール。話が盛り上がるにつれて 才賀さんは既に夜飲みモードである。その日の夕方、フジテレビのニュース番組で、才賀さんの「刑務所慰問」を追った特集を10分間放送するという。何とい ういい日に才賀さんに会ったものである。そんな話をしているうちに、映画「仁義なき戦い」の話になる。最近、シリーズ全6作を見直したという才賀さんは、 私が本誌に書いた「進駐軍がやってきた」と「仁義なき戦い」の時代性が全く同じで、あの時代と今の時代は何というか共振するものがあるという。才賀さん曰 く、お宝が眠っているとハッパをかけられた。今回の上京はハッパをかけられる旅のようである。

○月○日
東京は満開の桜だったが、呉では今だ5分咲きである。今年の我が編集室の花見は定番の二河川だ。なにしろ編集室と二河川は目と鼻の先だから、いくら酔っぱらっても、這ってでも帰れる。
今年の二河川の桜は、下流より上流の方が咲くのが早く、例年とは逆のようだ。休山や灰ヶ峰を見ると山桜はすでに5分咲き以上のようで、薄いピンク色が緑 の中に浮いて見える。呉はつくづく桜の町だと感じる。私は最低でも毎年花見を4・5回はしている。大きな声では言えないが、花見は私にとって大イベントな のである(笑)。昨年は青森の弘前城にも行った。今年も桜を追ってどこか行ってきたい。大きな声では言えないが|。