Archive for 7 月, 2007

2007年7月号

日曜日, 7 月 1st, 2007

朝日新聞広島版に、5月から月に一度コラムを書いている。その2回目になる6月9日のコラムをここで紹介したい。

今年のカンヌ映画祭グランプリ受賞作「殯の森」をBS放送で見た。映画公開の前にテレビ放映されることに驚きながら、妙にトクをした気分で見たのである。ともあれ、この映画を仕掛けた河瀬直美監督は、まさにしてやったり、の心境だろう。
映画は、子を亡くしたばかりの介護施設の女性職員と、妻と死別した認知症の老人が墓参りの途中で深い森に迷い込むという物語だった。今回の映画祭では、「殯の森」を代表にテーマが「喪」という作品が多く集まった。これが今の時代の空気というものなのかもしれない。
私は、喪につながる看取りの物語を絵本に出来ないかと、何年か前から企画を転がしてきた。今春、大阪のお寺であったシンポジウム・微笑みで開く「地域の 看取り」に参加した。そこで出会った人が柴田久美子さんだ。柴田さんは、島根県隠岐の知夫里島で看取りの家「なごみの里」を主宰している。認知症や寝たき りのお年寄りを24時間世話し、最期はなるべく自宅で家族と迎えてもらえるように、看取りの支援や実践に取り組んでいる。「なごみの里」は今年で6年にな り、その間に6人を看取ったという。その中の一人、「アキさん」の話が印象に残っている。
「もうわしはご飯はいらん」と言い、アキさんは食事をしなくなった。じゃあ、点滴しようと言うと、「いらん、わしはもう死ぬだけ」と、ポカリスエットにちょっと塩を入れたものと、大好きな水羊羹を少し食べるだけで、ほとんど眠っている日が続いた。
ある日目を覚ました時、柴田さんが聞いた。「アキさん、誰か会いたい人はいないの」「んーんゃ、わしは会いたいもんに会える。とうに死んだ父さんやババにも会ってきたよ」「アキさん、最後にしたいことはないの」「辛苦して建てた家じゃけ、家で死にたい」と。
そうして、アキさんは病気がちの息子さんの住む家に戻った。それから2週間後、アキさんは息を引きとった。柴田さんは、「アキさんありがとう、ありがとう」と言いながら抱きしめておくったという。
まさに「殯の森」といえる話だったのである。看取りの絵本が見えてきた気がした。

実をいうと、「殯」という字をどう読むか、またどういう意味かを私は知らなかった。辞書を引くと?貴人の本葬をする前に、棺に死体を納めて仮に祭ること。またその場所?とある。
「殯の森」の映画を見て、やっと「殯」という奥深い意味が分かったのである。映画の中の舞台になる介護グループホームを見ていたら、さらに訪問看護や看 取りにつながる仕事をしている女性のことが頭に浮かんできた。その一人が前述の柴田久美子さんである。島根県の知夫里島は、まさに「殯の島」と呼べると 思ったからだ。
そして、呉や広島にも柴田さんと同じように看取りにつながる仕事を続けている二人の女性がいることを新聞のコラムで書きたかったのである。しかし、紙数が足りなくて、尻切れトンボになってしまった。それでまた、ここで書いている。
一人は呉共済病院で在宅医療の指導をしている荒金幸子さんだ。荒金さんは訪問看護というセクションがない時代から、ボランティアで訪問看護を続けてきた人である。
もう一人は広島の馬庭恭子さんだ。OLから一転看護師になり、在宅医療に力を注いできた。そして現在は異色の市会議員として活躍している。この三人共に 共通していることは、重い病気を乗り越えてきたこと。乗り越えたというより、病と付き合いながら生き生きと仕事を続けていることだ。そして、もう一つ三人 に共通していることは声質が極めて澄んでいること。そして、彼女たちの話し方がすこぶるやさしいから、相手にとっては「天使の声」のように聞こえることで ある。
映画「殯の森」から私の知る三人の女性が出てきたのである!?
今度は、映画館で「殯の森」を観てみようと思うが、さて何が出てくるか|。