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2007年11月号

木曜日, 11 月 1st, 2007

”いまバリにいる”と携帯電話で答えたら、友人はちょいと驚いた様子で、”いい御身分でー”と皮肉られた。そこで私は”仕事、仕事で来てる”と言うと”バリで何の仕事よ」と声を荒げてプツッと電話が切れた。
そんなことがあったが、とにかく私はインドネシアのバリ島に来ている。今回のバリ旅は、沖縄の作家宮里千里さんと島唄の大工哲弘さんの対談と、ガムランと大工さんのセッションを仕掛けようというものだ。仕事なのである。
宮里さんのバリの長年の友人ダナさんは、東サヌール地区の村長であり、ガムランの名奏者でもある。今回の旅のもう一人の主役がコーディネーター役のダナ さんなのである。サヌールは、デンパサール空港から車で30分の地で、海辺は観光地として有名である。東サヌールは、海から内陸に少し入った地区で、住宅 地の裏には長閑な田園地帯が広がっている。少し前の日本の農村のようである。田んぼの稲は、緑色から黄金色に染まる前ぐらい。バリの田んぼは年に二回の米 と一回のスイカなど果物の収穫が出来るという。豊かなのである。
ダナさんも米を作りながら村長をしている。そのダナさんの住む地区の公民館に行く。立派な建物で、入口には仏塔があり供え物が置かれている。建物からガ ムランの音が聞こえる。子ども達がガムランの練習をしていた。ガムランは数種類の打楽器を中心としたバリ特有の音楽で、ガムラン楽器は公民館には必ず置か れてあり、子どもから大人まで何チームもの演奏グループがあるという。
隣の地区の公民館で、女性グループがガムランの練習をしていると聞いてのぞいてみた。その公民館は一回り大きく、ドアがないお堂のような建物で、誰でも 出入り出来る。ガムランの音につられて犬までも入ってくる。まさに開かれた公民館である。バリの公民館は、その地区のコミュニティの中心で、祭りごとはも ちろん、頼母子講のようなこともやり、多様な役割を担っている。
ガムランを子どもや女性に教えるのは、その地区の若者や年寄りである。だから、ガムランは世代間の壁を取り除く役割も果たしているのである。
このバリガムランと沖縄島唄のセッションを企画したのは宮里千里さんである。宮里さんは、多くの著書を持つ沖縄の有名文化人であり、実は那覇市役所の総 務部長でもある!?そんな多彩な貎を持つ宮里さんは、大工哲弘さんの三線の一番弟子と豪語するほど、大工さんの長年の友人である。そこで私と宮里さんの関 係であるが、飲み友達にしていただいた!?という関係である。那覇に行くたびに、宮里さんと一緒に本を作ろうという話を飲みながらし続けて、はや何年!? その集大成としてたどりついたのが、今回の企画なのである。題名は、島うた”大工千里”にしたい、と勝手に決めている。大工さんとガムランのセッショ ンCDがもれなく付録でついてくるという、スグレモノになる予定である!?

”大工ガムラン”のセッションに向けて、宿をサヌールから内陸のウブドに移した。ウブドはライステラスと芸能の里である。そのライステラスレストラ ンの心地のよさたるや、まさに快感。特に棚田を見渡すレストランは、よくぞ作った、というシチュエーションなのである。谷を挟んで棚田が広がっているのだ が、日本と違うのはヤシの木が棚田風景のアクセントになっているところだろう。
また、ライステラスレストランには、窓はなく、風が吹き抜けるのが心地いい。食事の後、ゴロリと転がってウトウト出来そうな、そんな空間なのである。
夜は芸能、がバリの楽しみである。バロン、レゴン、ケチャと毎晩観て回る。寺院の庭に空間を作り、ライティングを施している。観客の目の前で繰り広げら れる舞踊や音楽は、さすがに迫力がある。とくにケチャの男達の声の息使いには感激してしまう。そして、女性舞踊家の中腰スタイルの色っぽさに目を奪われて しまったのだ。恐るべしバリである。

ウブドからまたサヌールに移動。サヌールに着く前に地区の高校に寄る。ちょうど学校の27周年記念の公演をしているとのことだったからだ。その高校は、 ガムランなどの音楽や舞踊の芸能コースと木工や手芸などの工芸コースの学校だそうである。公演はプロの舞踊家も出演するなどバラエティに富んだものだっ た。
さて、サヌールに戻り、大工ガムランセッションの始まりか、と思ったが、ダナさんが少しだけ用事があり不在だという。どこに行っているのかと聞くと、浜 で凧揚げ大会をしているという。早速我々は、その凧揚げ大会をしている浜に向かう。その浜にはバイクや車、人で溢れかえっていた。そして、海風を受けて大 凧が、ズラリと揚がっている。ダナさんは本部席にどっかと腰を下ろし、凧揚げの実況中継の相の手を入れるようにマイクを持ち、喋りまくっていた。聞くと、 凧揚げ大会実行委員長なのだそうだ。忙しい人なのである。凧揚げは、各地区から10人位で一つの凧を揚げるのだが、参加チームは300を超えているそうだ から、それはそれは時間がかかるのだ。実質15分位の凧揚げ披露のために、たくさんの人が何時間も木影で出番を待っているのである。空を見上げると、勢い よく揚がっているタコの凧が見える。これぞタコ揚げ!?と皆で笑ったが、バリ語ではタコを何と言うのだろう?
凧揚げ大会のダナさんを残して、公民館に行く。そこでやっと大工ガムランのセッションの始まりである。明日の本番前の音合わせなのである。
大工さんの表情が微妙に変わり、唄者の貎になる。三線のゆっくりとした音が公民館に響く。ガムランの繰り返しの多重演奏が大工さんの声を掻き消すように鳴り響く。録音のプロの宮里さんの出番である。
本番セッションの舞台は、ダナさんの家の隣の家で行なわれた。中庭を囲むように家屋が建てられている。その中心の庭を間にして、二つの家屋を使ってセッ ションの開始である。ガムランの重たい楽器は、朝早く公民館から移動されていた。中庭には赤い花が咲き、木影に入ると涼しい風が通る。まさにガムランセッ ションをする為にあつらえたような空間と思えてくる。ガムラン奏者は、ダナさんを含めて七人である。まさに”七人の侍”の面構えである。本番の緊張感 が中庭に漂ってくる。沖縄島唄とバリガムランが、少しづつ合体していく。ハイテンポのガムランのリズムが島唄に寄り添ってくる。不思議である。大工さんの 存在感溢れる声がガムランの音に掻き消されることなく、ハモッている。
最高の舞台に居合わせた観客が私である。幸せな気分がどんどん湧き上がってくる。何とも贅沢な時間なのである。
セッションは続き、十曲を越えた。
”またはーりぬ つんだらかぬしゃまよー”安里屋ユンタの合いの手である。私も合の手でついにCDに参加してしまったのである。