Archive for 6 月, 2008

2008年6月号

日曜日, 6 月 1st, 2008

○月○日
NHKテレビドラマ「帽子」の制作が呉で始まった。原作、脚本は呉出身の池端俊策さんである。今回の物語は、戦前からある中通りの帽子屋さんがモデル で、そのへんから物語を紡いでいったそうである。主演は緒形拳、玉山鉄二、田中裕子さん。NHK広島開局80周年記念ドラマということで、地方局としては 大イベントのようである。ロケは呉と広島で、放送は8月2日。
池端さんの呉地域が舞台のドラマは私が知るだけで5作目。そして私も手伝った“幸福の条件”からは10年振りになる。このドラマの制作開始に合わせて、 テレビで池端さんのインタビューがあった。テレビに映る池端さんは、さすがに白髪は増えたようだが、いたって元気そうだ。本誌3月号の片山小学校が閉校に なる記事の中で、たくさんの卒業アルバムの中から昭和33年卒業6年1組青井組のクラス写真を掲載した。そのクラス写真に池端さんの姿を見つけたからだ。 小学校6年生の坊主頭の池端さんの面構えから、すぐに現在の池端さんの貌と繋がったのである。そんなことがあったので、この度の池端さんのドラマ発表は何 か繋がりのようなものを感じたのである。
そう思っていた矢先、閉校になった片山小学校の跡地が、なんと地域住民に無償貸与することになった。続々と閉校になる呉地域の学校跡地は、原則売却の方 針を打ち出していた行政なのである。あれ程かたくなに、借金返済に突っ走ってきた行政の筈なのだがどうしたんだろう!?。
それにしても片山小学校閉校のこと、池端さんはだぶん知らないだろうな。

○月○日
中国の胡錦濤主席が来日して、福田首相が日比谷公園の松本楼で食事会を催したというニュースを見た。この松本楼といえば、昨年私が所属していた劇団の同 窓会があった会場だったのである。古い西洋スタイルの建物で、歴史のあるレストランだった。私が東京にいた時には、一度も行ったことがなかった。日本と中 国のトップが集う程、格式のあるレストランとニュースで知り、ホゥーッと思ったのである。
また、胡錦濤主席の前に来日したのが韓国の李明博大統領だ。その来日した時に、福田首相へのおみやげの一つが韓国の茶器だったそうである。その茶器の作 家は、ソウルの陶芸家である。この金甲純、何を隠そう!?私の友人であり、過去に2・3度広島で個展を開いたことがあるのだ。その彼から、李明博大統領が 日本の首相に贈るものの中に自分の茶器が選ばれたことが嬉しかった、と電話があった。それを聞いて、ホゥーッと私も嬉しくなった。ただそれだけー(笑)。

○月○日
阿賀の“加藤博物館(子どもの為の民俗資料館)”に行く。今回は、戦前の呉の出版物を中心に見せていただく。何年か前に、ここ加藤労務管理事務所は火災に遭い、歴史資料が一部焼けてしまったが、それでも“昭和”の貴重な資料の豊富さには変わりはない。
「呉文化」という昭和25年に創刊された月刊誌を見つける。A5版100頁、編集は呉文化団体連合会、発行は呉市公民館内呉文化部。なんと行政がタウン 誌を発行していたのである。表紙の絵は鞆谷繁夫画伯。エッセイ、小説、町の広報、漫画、俳句、歌壇などバラエティに富んだ内容である。
「呉文化」創刊号の巻頭文である。

より善く生きよう、
より強く生きよう、
より正しく、より美しく、より聖く生きよう、およそ人間の生活のうちに、
こうした願いのやみがたくわきあがるとき、そこに、もろもろの文化活動は生れる。

産業、經濟、政治
スポーツ、科學、藝術、道徳、宗教
いづれとして
かゝる人間本來の願いより出でざるはない。
さきにわが呉は
過去の軍港都の性格を拂拭しつくして、
永遠の平和産業港灣都市たろうとする衷心を全人類の前に明らかに表白した。

實に
當來の呉文化は
かくて此の聖なる日をもて托胎されたのである。

しかも見よ。
新たに生れ出づるものは
早くも生の動きをはじめているではないか。
おゝこの胎動こそは、
われらに限りない愛着をおぼしめる。

われら
この胎動と脈膊の
刻々の忠實なレボートとして、
また、その健かな發育への祈りの表現として
こゝに
「呉文化」誌を編み、
まさに來らんとする新しいものにささげる。

ちなみに「呉文化」の表4の広告は瀬戸内海汽船、表3は千福、表2はセーラー万年筆だった。3社ともに現在ももちろん健在である。
一読のオススメです。