Archive for 9 月, 2008

2008年9月号

月曜日, 9 月 1st, 2008

○月○日

ひと月前に亡くなった宮迫千鶴さんのアトリエは、生前のまま、手をつけていないと夫の谷川さんは言われた。初めて見る宮迫さんのアトリエは20畳以 上ある居心地のよさそうな空間だ。壁面にはオブジェや作品、色々な小物がレイアウトされている。窓には緑豊かな雑木林がはまって見える。アトリエの一角を 切り取ると、そのままコラージュ作品になりそうである。また、アトリエの隅っこにミシンが置いてあった。宮迫さんらしいなあと思ったら、ふいに入口から宮 迫さんが現れてきそうな気がした。

アトリエ階下のギャラリーで、谷川さんから広島時代の宮迫さんのノートを見させて頂いた。中学生から書き続けた詩がぎっしりと最終頁まで書かれてい る。もう一冊は広島女子大の文芸部ノートだった。〝文芸部長の役割とは〟など、部長だった宮迫さんの部活への取り組みが詳細に綴られている。この当時から 宮迫さんの文章は迷いがなく、明解である。古いノート二冊をめくっていると、’70年前後の頃の息吹きが溢れ出てくるのである。団塊世代の宮迫さん達が ‘70年代にデビューする前の地方の風景が、ノートに刻み込まれている。それにしても、なんともボリュームのあるノートだったことかー。

○月○日

NHKテレビドラマ「帽子」を観た。このドラマは、呉市出身の脚本家池端俊策さんの作品である。ドラマの舞台は呉。だから撮影も呉を中心に行なわれたのである。本誌も撮影時から何度も紹介した注目のドラマだった。

土曜日のこの日は、呉の町にとっては、一年でも大きなイベントのハレの日だ。市内の商店街では土曜夜市、そして呉湾での海上花火大会がある。だか ら、この夜は町に出掛ける人が多く、午後9時から始まるドラマを落ち着いて見れる人は、普通の日より少ないかもしれない。また、新聞のテレビ番組表を見る と、午後9時の同じ時間帯に映画〝海猿〟が載っている。おいおい、今日のテレビのゴールデンタイムは〝呉の地ドラマ〟が2本流れることになっている!?と いうことで、この日は地域的にも全国的にも呉はハレの日だったわけである。

さて、ドラマだが題名通り〝帽子職人と〟の物語だった。シャッター通りになった三条通りの空き店舗を帽子店に仕立ててある。時代に取り残された帽子 店の雰囲気が通りと共にテレビに映し出されていた。あまり手をかけずに〝昭和〟を残すこんな雰囲気を醸すことは、三条商店街がいいことなのか、淋しいこと なのか、分からない。しかし、ここは昭和ノスタルジー溢れる町として、町並みを昔に戻したりすると、〝懐かし昭和の町〟として生き返るかもしれないと思っ たりしたのである。

ドラマでまず驚いたのは緒形拳さんの老け振りである。ドラマに老けを合わせたのか、老けがドラマに合ったのか、緒形さんの脂の抜け具合を見て、 ちょっとジーンとしてしまった。他にもジーンとする場面は多いのだが、セリフの〝呉弁〟の厚味がもう一つで、地元民としては、そこそこ、そこのところを もっと表してくれ、という思いが残ったのである。池端さんも緒形さんも、淡白になったもんだなあ、と感慨深かった。

○月○日

年に一度の広島カープ公式戦が呉二河球場であった。昨年同様、球場はファンで埋め尽くされていた。今年の対戦相手はヤクルトスワローズだ。私は生ま れて初めてバックネット裏の席に坐った。なんとピッチャーとバッターが近くに見えることか。バックネット裏の上の方の席でもこうだから、ネット裏の席は今 の倍あっても十分大丈夫である。先日、福岡ヤフードームをのぞいたから余計そう思ったのである。というのも、観客席を後5千人分増やしていたら、プロ野球 公式戦がもっと呼びやすかったのである。

試合は、打ち合いの一進一退。5回を終って5対5である。その時、元カープの野球評論家の大下剛史さんから電話がある。〝木戸、観に来とるんか?〟 〝はい〟〝久し振りじゃけぇ、後で会おうか〟〝はい、いつでも大丈夫です〟〝ほうか、じゃあ出たい時に電話せい〟〝はい〟ということで、広島が負け戦濃厚 になったところで、一緒に球場を後にした。

中通りに出て、刺身のうまい店、スタンドバー、屋台という〝呉接待〟の定番の店を回る。そんな私たちが屋台に辿り着く少し前までは、球場帰りの高揚 した多くの客で屋台はどこも満員状態だったという。カープが負け戦を8回に大逆転、5点差をなんとひっくり返したというのである。二河球場はお祭り状態に なり、カープと呉市民が一体化したというのだ。最後まで観なかった私の大失敗である。こんな試合は年に一、二度しかない。そんな祭りが呉で繰り広げられた という!?

この勢いで、来年からは年二、三回の公式戦開催に結びつけるべし、と思ったのである。