Archive for 11 月, 2008

2008年11月号

土曜日, 11 月 1st, 2008

○月○日

俳優の緒形拳さんが亡くなった。緒形さんの映画やテレビドラマを今まで何本見ただろう。緒形さんが出演する作品は、いつもその時代を代表する作品ばかりだった。だから、私は緒形さんの出る映画は殆ど見てきた。とくに今村昌平監督の作品がそうだった。

私の師匠だった小沢昭一は今村監督の同志で、今村作品の全作品に関わっていた。そんな関係で、今村監督一家の中の緒形さんという位置付けがあったから、緒形さんは雲の上の存在ながら近しい役者さんと思っていた。

そして、私が本誌を出すようになり、緒形さんのマネージャーの国實さんと脚本家の池端俊策さんを知った。お二人共に呉市出身だったからである。国實さんは大崎下島出身で、緒形さんも国實さんの里へよく遊びに訪れていたという。

今年呉で撮影されたテレビドラマ「帽子」での緒形さんの老けた姿には、誰もが驚いていた。しかし、これ程早く亡くなられると、「帽子」の時の体調の悪さは、推して知るべしと思ったのである。合掌。

○月○日

アメリカの金融危機が、世界恐慌を招く!?というニュースが連日流れている。株安から円高、そして景気割れという流れが、地方都市にも押し寄せてくるという。

私たちは、ただただマスコミのニュースを見ているだけである。私たちに出来る対処法ってあるのだろうか!?

呉の地域でも、名が通った会社が危機!?だという噂が飛び交い、既に株安の影響を受けているようなのである。

そんな世相の中、解散総選挙の時期をめぐって、これまたマスコミが侃侃諤諤。今こそ政治家の力を結集して、対処すべし時の筈だが、党利党略の話ばかりで、〝先読み〟の秀れたコトバが聞けない。皆が皆〝評論家〟になってしまっている。

解散総選挙があったとしても、私たちはテレビでバラエティ番組を見るように、選挙番組の〝政治ショー〟を見るしかないのだろうか!?

○月○日

町支寛二さんと渋谷東武ホテルで待ち合わせ。町支さんは、呉市荒神町出身のミュージシャンで、この11月にコンサートを呉で開く。故郷呉でのコンサートは、浜田省吾のバンドマスターとして参加したことはあるが、自身が主役のコンサートは初めてである。

町支さんの小学校時代の写真のバックに見える呉市の風景が懐かしい。町支さんはアマチュア時代を入れると既に40年近いミュージシャン生活を続けている。好きなことが仕事になった幸せな人である。

インタビューを終えて東武ホテルを出ると、途端に若者だらけの渋谷に出合う。昔の渋谷を知る町支さんは〝今駅の方、谷を下ることはないんです。喧騒で頭が痛くなるから〟と言い残し、別れたのである。

○月○日

本屋に本を置いて貰うために、流通大手のトーハン、日販などに手続きに行く。新刊はこの流通を通さなければ本屋の店頭には並ばないのである。新刊の〝関所〟のようなところである。

中でもトーハンは厳しい関所で、お上のように上からものを申される。私のような地方からの出版は、もう相手にしたくない態度がミエミエである。悔しいが、実績がないのだから仕方がない。売れてなんぼ、の世界である。

〝宮迫千鶴の小さな楽園の作り方〟の新刊を発売するのだが、さてさて本屋で目にして貰えることを祈るのみである。

○月○日

今年も月見会をする。場所は、若葉町の某研修センターの庭である。この庭からは、180度を越える呉湾の眺望が開けて見える。目の前は江田島である。

愛媛県の芋煮会を呉でも、ともう20年位続けている。河原で月見をしながら、里イモを鍋の中の月に見たてて、秋の収穫を食べるのが愛媛流。私も最初 は河原で宴会をしていた。二河川と黒瀬川である。それがだんだんと、月がよく見える処にと変わり、今はこの若葉町の庭が月見処になった。

今年は月見というより、夕陽見会になった。それは見事な夕陽で、雲のパフォーマンスがスゴかったのである。ということで、イモ煮に熱燗の旨かったこと、これも酒まつりである。