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2009年2月号

日曜日, 2 月 1st, 2009

○月○日
今年の成人の日は1月12日。本誌恒例の新成人取材の日である。今年の新成人は全国で133万人。少子化が進む中で2年連続過去最少だそうだ。
毎年くれえばん2月号は〝新成人の貎〟がレギュラーで、かれこれ20年も続いている。3月号の卒業高校生特集と共にくれえばん最大のマンネリ企画といわれている!?
新成人の晴着姿を毎年見続けている私にとって、今年は何とも複雑な想いがこみ上げてくるのである。
と言うのは、昨年来の世界的な金融危機の広がりで、日本も急速な経済収縮にみまわれ、〝派遣切り〟というコトバが毎日飛び交う中だからである。今からやっ てくる大不況時に20才という世代だからである。20代前半の43%が非正規雇用という現実の中で、20才の彼等の中の半分位は、未来に希望を描けない、 と思い始めるからである。
考えてみれば、私の20才の時代も、なかなかつらい時期だった。東京の練馬区、谷原の古アパート、確か西武ではなく西部荘という名の一○一号室で成人の日 を迎えた。この年、私は正月に呉に帰省しなかった。この時の15日のことは忘れられない。作家の三島由紀夫が自衛隊で決起、自死した日だからだ。三島氏の 〝憂国〟というコトバが、当時の私にはピンと来なかったのだが、齢を重ね、今の日本の姿を見るにつけ〝憂国〟というコトバが心に響くようになった。故郷の 呉での成人式にも出ようともせず、大学も行かなくなり、生活する為に様々なアルバイトを続けていた時だった。私にとって20才頃というのは、暗い青春まっ 只中だったのである。自分の思うような生き方が出来ない自分を、色々なことでまぎらわしていた。しかし、ただ夢だけは持っていたから、何とか自分の思う チャレンジだけは続けていけたのだろう。
私の20代は’70年代と重なったことが今思うと、幸せだったような気がする。’70年代の東京は、何というかダイナミックな競争の世界で、何かを表現して生きようとする者は目がキラキラ輝いていた。その中で認められることは至難のワザだった。
そういえば今話題の〝派遣切り〟、その派遣の仕事にも行ったことを思い出す。20代終りの頃だ。農業を主体にしたコミューン〝ヤマギシ会〟が、和歌山県の ミカン収穫に季節労働者を募集していた。私は〝ヤマギシ会〟の鶏の育て方に、自分の作ろうとしていた物語に繋がることがあったことと、アルバイトにもなる という、一石二鳥の〝派遣仕事〟に飛びついたのである。
田辺市奥の山合い、急峻な地に作られたミカンの段々畑での収穫作業は、身体はきついのだが、すこぶる健康的な日々が待っていた。私は東京での不摂生な生活 から一転して農夫になった!?畳の大広間に20人位の〝派遣〟が寝起きしていたのだが、休みの日、昼間のテレビを見るともなしに見ていたら、なんと私が出 演している映画がテレビに映っているではないか。何という皮肉な出会いである。劇団にいた時に初めて出演した映画だった。派遣の身の自分と、テレビに映る 自分の落差が、何故か琴線に触れたのである。〝テレビに映っている自分を、私が演っているんだぞ〟と言えない自分が何とも空しかった。
派遣の日々が一ヶ月を越えた頃、その地の〝ヤマギシ会〟の幹部の一人から呼び出しを受けた。夕食に呼ばれたのである。その席で、〝ヤマギシ会〟の私達と一 緒に農業をやらないか、と誘われたのだ!?私ほど農業に向いている人はいない、と誉めてくれるのだ。〝段取り、体力、すべて私達ヤマギシ会のメンバーと同 じ、いや上を行く人だ〟と私のことを誉め殺す!?誉められるのは少しは嬉しいが、私のやりたい仕事はハッキリしていたから、〝農業〟の仕事は全く考えられ ない、と言うと、農業ほど国家で一番大切な仕事はない、と言う。そして、それに繋がる〝憂国〟の話になり、あなたの舞台や映像の仕事と農業は次元が違うと 言われる。話は誠にごもっともなのだが、私としては考えられないこと、と話をした。今思えば、私は随分と〝ヤマギシ会〟に買われていたのだなあ、と思 う!?
ことほど、左様に20代というのは不安定で〝サキヨミ〟出来ない時代だったと、私のことながら思い起こすのだ。

年初め呉商工会議所互礼会で〝サキヨミ〟の話を聞いた。マツダの会長井巻氏の挨拶の中で、フォードのマツダからの撤退のことである。井巻氏は、アメ リカビッグスリーの自動車不況で経営危機に直面することは、2年前から読んでいたと言われた。その準備を着々としていたが、あまりにも金融危機が早く来過 ぎた結果、マツダも大きな波を被らざるを得ない状況だという話だった。
それにしても経済評論家と言われる人達の〝サキヨミ〟ほど当てにならないものはない!?〝百年に一度の危機〟だから〝サキヨミ〟を間違えたと言われる。ま た、〝百年に一度の危機〟だからこれからのことも〝サキヨミ〟出来ないと言う。政治の世界も同様で、〝百年に一度の危機〟というコトバが万能の処方箋とし て、自分達に都合のいい使われ方をされそうである。