Archive for 4 月, 2009

2009年5月号

土曜日, 4 月 18th, 2009

◯月◯日
この日で何回目の花見だろう。天気があまりにもいいので、昼時になると弁当を買って呉市内のあちこちの桜どころをカメラに納めながら、花見を続けている。
今日は、まず亀山神社登り口途中の見事な鳥居桜を写してから、清水ヶ丘学園脇の桜並木の下を上がって行った。桜がチラチラ舞う先に休山が見える。休山の山桜も満開で方々に淡いピンク色が見えている。
宮原浄水場に出ると、急に視界が広がり、呉市内が見渡せる。灰ヶ峰の桜模様も見える。そして峠を越えると呉湾を見下す坂道になる。宮原高校を左に見ながら市民広場に下りていくと、これまたグランドの向こう側に桜並木。今日はここで昼飯、と決めた。
弁当を開いていると、下の海上自衛隊教育隊から〝蛍の光〟が大きな音で流れてきた。木立をかきわけてのぞくと、整列した自衛官の姿が見える。儀式の最中ということは、退職の儀礼か?
市民広場のグランドは、いい天気過ぎて運動する人はなく、木影で私と同じように休んでいる人が4・5人いるだけ。風が吹くたびに桜が舞い、弁当箱にも入ってくる。
何とも長閑な、〝桜の森の満開の下〟風景である。

◯月◯日
北朝鮮のミサイル騒動の結末は、この日あっという間に起き、そして終った。ミサイル発射までのマスコミの騒ぎはいったい何だったんだろう!?
特にテレビはひどかった。司会者とコメンテーターがタッグを組んだように、〝日本の危機〟を煽ること煽ること。そして、秋田県のミサイル迎撃時の破片が落下するかも知れないという地域を〝現地〟と言って秋田弁の人にインタビューをする。〝コワイです〟という言質の人のみ映し出すテレビ。また、そんなテレビ報道を見た政治家から〝こんな日本を危機に陥れる北朝鮮のミサイルの発射先を先に叩け!〟という言質を引き出すのもマスコミだ。
この日、テレビ朝日の〝サンデープロジェクト〟を見ていた時、臨時ニュースが入り〝ミサイル発射〟を知った。その時の番組に出ていた政治家や評論家の貎を見ているとおもしろかった。ニュースが入った時には、ミサイルはすでに日本上空を通過し、太平洋に落下した後だったからである。〝日本の危機〟を侃々諤々、議論をしている最中に、ミサイルが発射されたと知った時は、すでに太平洋に落ちていたのだ。日本の領域に落下の恐れはない、として迎撃はしなかったという発表が続く。何とも間の抜けた雰囲気がテレビから漂ってくる。ミサイル発射前のあれ程の報道と、発射後のしり切れトンボのような報道の落差こそ恐いと思ったのである。

◯月◯日
二河の陸上競技場にいる。桜も満開だ。戦前のこの一帯は呉一番の桜の名所だった。二河公園で夜桜を楽しみながら、新内節に聴き入る粋な写真を本誌に掲載したことがある。二河公園は、その時代時代の歴史を象徴する場所だった。戦後は、スポーツのメッカとして、私も何回もこの競技場の土を踏んだものである。
久し振りに水が流れている公園に腰を下ろすと、目の前の池でメダカを獲る人たちがいる。池の周りは、ウォーキングの人が時おり歩いていく。競技場からは、高校生たちのクラブ活動をする声が聞こえてくる。
私の二河公園の記憶を辿ると、小学校の時に、二河球場へ南海ホークスのキャンプを見に行ったことが最初の思い出だ。その日の練習が終わると、有名選手にサインをして貰うのに球場のライト口から陸上競技場までの場所で掴まえるのである。今は楽天監督の野村さんには〝お前ら並ばんと書かん〟とよく怒られたことを想い出す。
中学校の時は、中体連に三段跳びで出場した。高校時代は、もっぱら公園入口にあった図書館に通い、女子生徒と二河公園でデートのようなことをした想い出もある。
これ程左様に二河競技場の想い出はつきないのだが、この昔からあるがままの二河競技場の改修計画が出来上がり、それが実行されようとしているという。この陸上競技場を多目的広場に、と1億5千万円の予算で、現在の施設を壊して、ソフトとサッカーの練習をするために周囲400mを高さ10mのネットで囲み込む〝多目的広場〟を作ろうというのである!?
昔のままの競技場は、いつでも入れるユルーイ競技場のところがすこぶるいいのである。町中にあるのもいい。日本中の町中にある陸上競技場はどんどん郊外に押しやられ、一般人がひょいと走りに行こうにも、車を使わないといけない、自由に入れない施設ばかりなのである。
この二河競技場は、すでに〝多目的広場〟になっているのを、ネットで囲んでどうするの?と言いたい。こういう予算がつくということは、よほど呉市の財政は豊かなんだ!?◯月◯日
この日で何回目の花見だろう。天気があまりにもいいので、昼時になると弁当を買って呉市内のあちこちの桜どころをカメラに納めながら、花見を続けている。
今日は、まず亀山神社登り口途中の見事な鳥居桜を写してから、清水ヶ丘学園脇の桜並木の下を上がって行った。桜がチラチラ舞う先に休山が見える。休山の山桜も満開で方々に淡いピンク色が見えている。
宮原浄水場に出ると、急に視界が広がり、呉市内が見渡せる。灰ヶ峰の桜模様も見える。そして峠を越えると呉湾を見下す坂道になる。宮原高校を左に見ながら市民広場に下りていくと、これまたグランドの向こう側に桜並木。今日はここで昼飯、と決めた。
弁当を開いていると、下の海上自衛隊教育隊から〝蛍の光〟が大きな音で流れてきた。木立をかきわけてのぞくと、整列した自衛官の姿が見える。儀式の最中ということは、退職の儀礼か?
市民広場のグランドは、いい天気過ぎて運動する人はなく、木影で私と同じように休んでいる人が4・5人いるだけ。風が吹くたびに桜が舞い、弁当箱にも入ってくる。
何とも長閑な、〝桜の森の満開の下〟風景である。

◯月◯日
北朝鮮のミサイル騒動の結末は、この日あっという間に起き、そして終った。ミサイル発射までのマスコミの騒ぎはいったい何だったんだろう!?
特にテレビはひどかった。司会者とコメンテーターがタッグを組んだように、〝日本の危機〟を煽ること煽ること。そして、秋田県のミサイル迎撃時の破片が落下するかも知れないという地域を〝現地〟と言って秋田弁の人にインタビューをする。〝コワイです〟という言質の人のみ映し出すテレビ。また、そんなテレビ報道を見た政治家から〝こんな日本を危機に陥れる北朝鮮のミサイルの発射先を先に叩け!〟という言質を引き出すのもマスコミだ。
この日、テレビ朝日の〝サンデープロジェクト〟を見ていた時、臨時ニュースが入り〝ミサイル発射〟を知った。その時の番組に出ていた政治家や評論家の貎を見ているとおもしろかった。ニュースが入った時には、ミサイルはすでに日本上空を通過し、太平洋に落下した後だったからである。〝日本の危機〟を侃々諤々、議論をしている最中に、ミサイルが発射されたと知った時は、すでに太平洋に落ちていたのだ。日本の領域に落下の恐れはない、として迎撃はしなかったという発表が続く。何とも間の抜けた雰囲気がテレビから漂ってくる。ミサイル発射前のあれ程の報道と、発射後のしり切れトンボのような報道の落差こそ恐いと思ったのである。

◯月◯日
二河の陸上競技場にいる。桜も満開だ。戦前のこの一帯は呉一番の桜の名所だった。二河公園で夜桜を楽しみながら、新内節に聴き入る粋な写真を本誌に掲載したことがある。二河公園は、その時代時代の歴史を象徴する場所だった。戦後は、スポーツのメッカとして、私も何回もこの競技場の土を踏んだものである。
久し振りに水が流れている公園に腰を下ろすと、目の前の池でメダカを獲る人たちがいる。池の周りは、ウォーキングの人が時おり歩いていく。競技場からは、高校生たちのクラブ活動をする声が聞こえてくる。
私の二河公園の記憶を辿ると、小学校の時に、二河球場へ南海ホークスのキャンプを見に行ったことが最初の思い出だ。その日の練習が終わると、有名選手にサインをして貰うのに球場のライト口から陸上競技場までの場所で掴まえるのである。今は楽天監督の野村さんには〝お前ら並ばんと書かん〟とよく怒られたことを想い出す。
中学校の時は、中体連に三段跳びで出場した。高校時代は、もっぱら公園入口にあった図書館に通い、女子生徒と二河公園でデートのようなことをした想い出もある。
これ程左様に二河競技場の想い出はつきないのだが、この昔からあるがままの二河競技場の改修計画が出来上がり、それが実行されようとしているという。この陸上競技場を多目的広場に、と1億5千万円の予算で、現在の施設を壊して、ソフトとサッカーの練習をするために周囲400mを高さ10mのネットで囲み込む〝多目的広場〟を作ろうというのである!?
昔のままの競技場は、いつでも入れるユルーイ競技場のところがすこぶるいいのである。町中にあるのもいい。日本中の町中にある陸上競技場はどんどん郊外に押しやられ、一般人がひょいと走りに行こうにも、車を使わないといけない、自由に入れない施設ばかりなのである。
この二河競技場は、すでに〝多目的広場〟になっているのを、ネットで囲んでどうするの?と言いたい。こういう予算がつくということは、よほど呉市の財政は豊かなんだ!?