Archive for 8 月, 2009

2009年9月号

金曜日, 8 月 21st, 2009

◯月◯日
ドアを押して外へ出たら、道がない!?なんと中通りが洪水である。久し振りに集まった同級生たちと飲んだ夜更けである。
スタンドSの店内は、にわかに騒がしくなった。携帯電話で、今の自分の状況を伝える客、我関せずと、変わりなくグラスを重ねる客。そしてカウンターの中のマスターは、洪水で水が入ってくるのを予測して、黙々と足元の戸棚からボトルを上げてカウンターに並べている。そうした中で、外から全身びしょ濡れの新しい客が入ってきた。それを見た客の笑い声が響く店内。洪水の夜のスタンド風景は、いたって明るく客同士の一体感が出るものなのである!?

◯月◯日
呉出身の画家佐伯和子さんの広島市での個展に顔を出す。佐伯さんは呉を出て50年、中央画壇で活躍を続けている。今から20年前、本誌で取材したことがあるのだが、その後洲之内徹さんの〝気まぐれ美術館〟の中で取り上げられたのを読み、同郷の者として佐伯さんを誇りに思ったものである。
佐伯さんは自分の絵を洲之内徹さんの現代画廊に持ち込んだことが、出会いの始まりだったと言われた。現代画廊での個展が佐伯さんの画家としての人生を大きく変えるきっかけになったのだ。出版物の表紙絵を数多く手掛けたり、自身の本の出版など活動が広がる。そんな佐伯さんに、50年前の呉での思い出を伺った。中でも、佐伯さんの絵の原点であるという〝ヤネウラ美術同人〟というグループのことを言われた。〝ヤネウラ〟のことは、戦後、呉の巷に生まれた美術同人として、数多くの画家を輩出したことで知られている。ちょうど、私が持参した本誌8月号の中に50年前の〝昭和の懐かしマッチ〟の頁があり、それを見ながら佐伯さんは、思い出を語ってくれた。マッチの中に〝どん底〟の店を見つけると、初めてお酒を飲んだのも〝どん底〟だったと―。今も〝どん底〟は営業してますよ、と私が言うと、感慨深い貎をされ、〝懐かしい〟とひと言。
◯月◯日
和庄中学校の同窓会に行った。私が同窓会に出席したのは二回目である。あそか幼稚園の同窓会に出席したのが初めてだった。こんな仕事をしているから、毎年のように同窓会などにはいつも出席していると見られがちだが、チガウのである。何となく苦手なのである。
同級生たちとテーブルを囲み、慣れない同窓会の進行が珍しかった。久し振りに会う懐かしい顔。中学校の校歌―。展示してあった学校前にあった文房具店の懐かしい山口百恵、桜田淳子の下敷きを買って帰ったのである。
◯月◯日
音戸町の城みちるさん宅を訪ねる。海辺の庭に、キャンピングカーが停めてある。ああ、このキャンピングカーで、全国への慰問コンサートを続けているんだなと思った。
城さんとは初対面だが、何度か見かけたこともあり、初めての感じがしない。3・4年前に城さんの父道男さんに会い、城谷家に伝わる文書などを見せて貰ったことがあった。その道男さんが亡くなって、城さんが度々マスコミに登場するのである。〝施設慰問コンサート〟を続ける城みちるさんである。
城みちるさんの〝いま〟を知りたくて話を聞いたのである。芸能活動のこと、ボランティアのこと、そして城谷家9代目のこと―。今月号の本誌にも掲載されているのだが、まだまだ表面的な取り上げ方しか出来ていないようで、もっと追っかけないと、と思っている。

◯月◯日
〝マニフェスト選挙〟云々。
〝集中豪雨〟禍。
〝芸能界の覚せい剤汚染〟
〝酒井法子逮捕〟
〝東海地震!?〟
と、連日マスコミは超多忙のようである。選挙の季節が長い。
この号を読まれる頃には結果が出ているのだろう。
国のカタチを変えたい。
投票率のことだけを思っているのだが―。