Archive for 5 月, 2010

2010年6月号

木曜日, 5 月 27th, 2010

○月○日 
呉みなと祭に顔を出す。天気もよく、最高の祭り日和である。昨年の人出も多かったが、今年の堺川沿いゾーンの人密度は、今までにないカンジで、これが祭りの人出だよなーと呟いたのである。このような人出の騒然とした雰囲
気を味わえるのは、地方都市では祭りでしか出合えない。 呉みなと祭も、既に53回を数える。偉大なるマンネリの祭りだが、その中のある種の質が上がれば33万人という人出になるのである。その質が上がった代表が、B級グルメなどの食の
スペースだった。全国的にB級グルメの食文化が話題になり、呉地域も呉細うどんが売り出し中とあって、そのへんの食べものに行列が出来ていた。 そんな中で気づいたことが、食べものを買ったのはいいが、坐って食べる処がないのである。バラエティに富んだ食べものをもっとたくさん食べたかったが、いかんせん坐る処がなかった。 しかし、人出が多い中にいると、ほっとするのはどういうことだろう。久し振りに“祭りの力”を感じさせてもらった。呉も捨てたもんじゃないぜよ!

○月○日 
本誌の“お寺さん界隈”で紹介する照明寺を訪ねた。そこで驚いたことが、現代の大仏師松本明慶さんの仏像が2体あったことである。運慶や快慶の流れをくむ「慶派」の明慶さんは一木造りの名工である。その明慶
さんの仏像が呉に存在していたのである。 照明寺さんでまた驚いたのは、裏山の高台の墓地だった。灰ヶ峰が真向かいにドーンと見える、すこぶる気のいい地だ。呉市は風水工学でつくられた都市だが、灰ヶ峰からの旺気の通り道に照明寺の「呉高野山」があるのである。そして、この墓地には百体以上の仏像が据えられていた。呉に居ながら、この地を知らなかったことが残念でならない。それにしても、「呉高野山」とはよく名付けたものである。 本通りの休山トンネルに入る手前の道を長迫方面に登っていくと照明寺があり、その裏山が「呉高野山」である。

○月○日 
話題のツイッターを始めてひと月あまり。一日に二回ぐらいツイッターをしている。くれえばんのホームページをリニューアルしたので、編集長も何かやれ、ということでツイッターになった。 ツイッターの効用というか、おもしろさというか、まるで分からない私が、ひと月以上続けているということは、効用が見えてきたのだろう。ツイッターの制限文字が140、これがいい。そして、ツイッターは本人の素性が分かるところもいい。使い方は多様だが、“リ・ツイート”がミソなのだろう。未だにiPhoneを使いこなしていない私の呟きである。 ところで、最近マスコミを賑やかしているのがiPad、キンドルのこと。電子本やサイト運営は出版社にとって生命線になってくる、というものだ。地方の小さな我が出版社も同様なのである。 このへんのことの詳しいツイッターとの出合いが多いことは、私にとってタイムリーなツイッターデビューだったのかも!?○月○日 この夏の参議院選挙のために、なりふりかまわない政策や、有名人の選挙擁立が続いている。 選挙に勝つために政治を行なっている、としか思えない日本の政治家せんせいに、ほんとがっかりさせられる毎日!? マスコミも、一国のトップである総理大臣のことを何ともカルくコキ下ろし続ける。それ
を毎年繰り返していることを覚えているのだろうか。上げて下げる、こればかりである。毎日のように○○支持率を持ち出し、黄門さまの印籠のように、これが見えぬか、“コレが支持率デアラセラレルゾ”、と大衆の正義のようにマスコミが煽るのだ。“大衆は正しくない”と言い返す政治家、出てこいと叫びたいのは私だけだろうか!? “衆愚の時代”という新書を読んだ。 小説家の楡周平さんのエッセイというか、警鐘本である。楡さん曰く、最近のテレビなどのキャスターや識者を名乗る連中が、やけにイイ人振った“べき論”ばかり並べ立て、それが〈正論〉になっている。おいおい冗談だろうって、ちょっと厳しいことをいうと、今度は〈上から目線〉だといわれる。〈弱者の視点が国をダメにする〉〈派遣切りは正しい〉など、テレビの中のイイ人は絶対口にしない本音を楡さんはこの本で堂々ぶちまけてくれる。〈国民のみなさまが国を滅ぼす〉と-。 オススメ本です。