Archive for 7 月, 2010

2010年8月号

火曜日, 7 月 20th, 2010

○月○日
放送中のNHK大河ドラマ『龍馬伝』の舞台が長崎中心になるー。ということで、今長崎の町は『福山龍馬』一色に染まっている!?
長崎に来たのは、『長崎さるく博』以来だ。さるく(ぶらぶらと散歩する)博の仕掛人だった当時の長崎市の課長が、現在の市長である。だから、今年の『長崎龍馬観光』の仕掛けに力を入れていることが十二分に分かるのだ。
長崎観光といえば、グラバー園、出島、そして長崎奉行所跡の歴史博物館が中心だ。そして、やはり龍馬といえば『亀山社中』、日本最初の貿易商社のことだろう。その亀山社中跡が寺町の坂を上がった処に再現されている。また、その坂のてっぺんにあるのが風頭公園。大きな龍馬像が建っている。ブーツを穿いて立つ龍馬像から見渡す長崎の町は必見である。そこから、ぶらぶらと坂道を下りていく風景がこれまたいいのだ。『さるく』の真髄がここにある。坂道から垣間見える町や海の風景。坂道に建つ住まいなのに、細々と手の入った暮らし振りが見てとれる雰囲気がいい。途中、何匹かの猫に出会ったのだが、その猫たちのおおらかなこと!?声を掛けると必ずニャオと返事をする。坂に住む人たちの気質が猫に表れているようなのだ。猫はその地の表情を映す鏡のような存在!?と勝手に思ったのである。
私は、猫にからかわれながら坂を下り、『長崎龍馬の道』と名付けられた昔ながらの商店街をえんえんと歩いた。
そして、やっと思案橋の前に出た。ネオンの灯りが少しずつ目立ち始める時間になっていた。『あああーっ長崎は今日も雨だった~』から『思案橋ブルースよ~』と私の呟きが夜モードに変わってきていた。
さあて、今日はどこから攻めるかなー、と鼻をくんくんと利かせる私だった!?

○月○日
講談師の田辺鶴瑛さんの介護講談を聞きに行く。場所は呉つばき会館であった。
鶴瑛さんには15年ぐらい前、私が主宰している芸南寄席に出演して貰ったことがある。当時の鶴瑛さんの介護講談は、何とも消化不良の感じが残り、介護風景を笑いとばして語る力が足りなかった。しかし、今はどうだろう!?目の前の彼女は、堂々とした貫禄もつき、鶴瑛流の雰囲気を醸し出しているではないか。鶴瑛さん自らの体験を元にした介護話とはいえ、それは大変な葛藤の上に成り立ったものだと、観客に伝わるのである。
芸人としても化けたのだろう。娘さんの銀冶さんも二つ目の講談師だそう。その銀冶さんが前座で、鶴瑛さんにつないだこの講談の会は、観客の心をつかみ、会場は一体化していた。
呉市主催の『介護と男女共同参画ー共に生きる明日のためにー』というおそろしく堅いネーミングの会にそぐわない笑顔に満ちた会に変身したものである。

○月○日
ちばてつや先生トークイベントの会場、大和ミュージアムの4階市民ギャラリーに行く。そこでは、『私の八月十五日展ー漫画家・作家たちの絵手紙ー』の展覧会が開催中だ。そのトークイベントで、私がちばさんのインタビュアをつとめることになっていた。
前日の打ち合せが、当日の昼になり、少々準備が足りないのだが、ぶっつけ本番で何とかなりそう、と思ったのはちばさんの人柄のせいである。私たちの世代は、ちばさんの数々の漫画と共に時代を経てきた。憧れの大漫画家なのである。そのちばさんが、淡々と展覧会の話をされる姿に、いっぺんに身近な先輩のように感じられて、トークショーは、ちばさんのコトバの流れにまかせていけば、うまくいくと確信してしまったのだ。
この「八月十五日展」は、65年前、第二次世界大戦の日本が敗戦した日を絵手紙に託したメッセージ展である。最初は、ちばさんや赤塚不二夫さん、古谷三敏さん達の中国からの引揚げ者が集まり、八月十五日の記録を残して、後世に戦争のことを伝えようとしたことが、同業の漫画家、作家に広がった。このような展覧会を日本だけではなく、世界各地への巡回展にも繋げているというから素晴しい。作家からは、小沢昭一さん、永六輔さん。俳優の高倉健さんも文章を寄せられている。
5周年になる大和ミュージアム。最近の企画展は、だんだんと多様になり、幅広い階層の人に受け入れられるものも増えてきて、いい感じである。知らないのは、実は呉の住民ばかりなり!?と呼ばれないよう、大和ミュージアムの企画展をもっとチェックしてみること、オススメです。