Archive for 12 月, 2011

2012年1月号

月曜日, 12 月 19th, 2011

◯月◯日
南海ホークスOBの忘年会に出席した。今年で3回目である。OB以外の方の参加も多く、和気あいあいとした雰囲気は前回と同じである。
今年は、ソフトバンクホークスが日本一になり、〝ホークス〟つながりのファンにはこたえられない年だったろう。
OB会の会長の岡本伊三美さんは、別の意味でもいい年になったようだ。『岡本、少しは野球面白うなってきたか—名将・鶴岡一人に学んだこと』という本を出版されたからだ。巻頭に福岡ソフトバンクホークス会長の王貞治さんの文が掲載されている。プロ野球史を代表する指導者 鶴岡一人南海ホークス監督に学んだ数々のこと、そして昭和のベースボールの面白さが伝わる本である。
昭和30年代、南海ホークスのキャンプ地は呉だった。ことあるごとに呉キャンプの想い出をOBから聞き出すのが私の役割である。
岡本さんの呉の想い出は、〝とにかくよく練習した。二河球場から焼山への裏道や片山の坂道を走ったもんだ。皆ゲーゲー吐くまで走らされた〟という。
選手は20代から30代、食い気や酒を飲むのもハンパではなかったろう。そして青春の色気—。呉の夜の巷もイロイロ賑わったようである。
今回のOB会に集まった中には、鶴岡監督の長女の鶴岡香さん、今年野球殿堂入りした故皆川睦男夫人、元NHK記者の毛利泰子さんなど女性の出席もあり、〝いつか呉でOB会出来ればいいね〟とエールを頂いたのである。

◯月◯日
くれえばんのバックナンバーを読み返している。意外におもしろいのが広告だ。時代の流行の商売、昔も今も変わらない商売など、町の勢いが見てとれる広告から、その時の町の表情を思い出すのである。
町の表情といえば、もっともっと町の風景を撮っておけばよかったと思うのだが、それはアーカイブス的に見るからで、当時当たりまえの風景というか、町の定点的な写真は掲載しきれなかったのである。
タウン誌というのは、元々読み捨てる類の雑誌なのだが、中には取り置きしてバックナンバーを揃える人もいる。くれえばんは特集によるのだが、取り置く人が多く、読者が各々アーカイブスを楽しんでいると聞く。編集する側としては、本当に嬉しいことである。
また、表紙に美女たちが登場した100号までを並べてみた。なんとも懐しい女性たちが笑顔を向けている。彼女たちは、今どうしているんだろう?
殆どの写真は私が撮影したのだが、中でも一番多く撮った清水奈美さんと連絡がつき、電話で話したのである。20年近い時が経ているのだが、声や話し振りは全く変りがない。当時の雰囲気が蘇るが、〝私はもうアラフォーなんですよ〟というコトバに時を知らされる。
今回の特集で、歌手の清水綾子さんにも登場して貰ったが、奈美さんと綾子さんは姉妹である。清水綾子さんはNHK紅白歌合戦にも出場して、現在も東京で歌の世界で頑張っている。
同じ清水ヶ丘高校を卒業して先に上京し、デビューした国生さゆりさん、そして、少し間を置くが、島谷ひとみさんの三人は、高校を卒業する時、同じように本誌に登場して上京、今も活躍を続けているのは周知のとおりだ。

◯月◯日
くれえばんブックカフェの本棚の整理をしている。仕事のあい間にするものだから、中々進まない。オープンも少し遅れそうである。
本棚に並んだ本や雑誌を数えると二千冊を超える。小説を持ってきていないので、それらを並べると三千冊近くになりそうだ。
並べてみて、一番多いのはやはり食の本だ。料理本や旅本を含めるとけっこうなボリュームである。また意外だったのは、「看取り」や「死」に関しての本が多く、これだけは、呉の図書館に負けないと思った!?
「農やスローライフ」、「宮本常一、網野善彦などの民族学関係」「小沢昭一、永六輔の芸能関係」、そして呉地域の出版本が多いことが特色だろうか。
並んだ作家の数で目立つのは、松岡正剛、山折哲雄、養老猛司、藤原新也、宮迫千鶴、五木寛之、船井幸雄さんたちだ。
また、雑誌はくれえばんバックナンバー、キネマ旬報、銀花、ソトコトなどがたくさん並びます。

この文章を書いている今日は12月14日です。毎年どんどん時間の流れが早く感じます。流れにまかせておけば、何とかなる時代があったのかどうか、今では思い起こせないほどの社会状況の中にいます。
今年は日本という国家にとって非常事態の年になりました。東北地方から遠く離れた中国地方に住む私たちは、非常事態の実感が薄いことを自覚したいものです。
2012年は、本誌にとっても区切りの年になります。気を引き締めて、町の循環の一助になるような編集をどんどん進めたいと思っています。
本年もどうぞよろしくお願いします。