Archive for 3 月, 2012

2012年4月号

月曜日, 3 月 19th, 2012

◯月◯日
一年前の3月11日2時46分、私は呉の歯科で治療を受けていた。その時、診療台に備え付けられていたテレビ画面で大地震が起きていることを知った。音が消してあったので、余計テレビ画面の衝撃映像に心が震えたことを思い出す。
あれから一年経ったのである。3・11以前と以後は、私の中で確実に何かが変わったのだが、それが何かと問われたら、今のところスラスラと言葉が出てこない。大地震のあった東日本と私たちの住む広島とは遠く離れているので、続いて起きた原発事故の恐ろしさの受け取り方がどうしても鈍くなってしまうのが実状である。
だからというわけでもないが、マスコミから溢れ出る情報を注意深く読み取ってきた。

私の編集室の前にある呉税務署には、年に一度のこの時期、納税の手続きの人々が列をなす。いつも閑散とした通りの風景が一変するのである。
そんな風景を見てるともなく見ていて気づいたことがある。税務署に出入りする人の中でお年寄りが何と多いことか!?呉市は人口で高齢者比率が高いことで知られているが、その象徴がこの納税風景だと思ったのである。まだまだ世帯のサイフを握っている人の多くが、お年寄りということなのである。
国民の納税風景が目の前で繰り広げられているちょうどその時、テレビ画面では国会中継をやっていた。その国会風景は、相も変らず政局につなげる議論ばかり。国家の大事といいながら、目先の選挙のことの方が大事と分かる政治家の貌—。
国民は黙々と税金を払う義務を果たしているのに、テレビに映る政治家の口から出る言葉が私たちに伝わってこないのはどうしたことだろう。また政治家の話をする貌の魅力のなさはどうなんだ!?
国は国家財政の危機を訴え、煽りながらマスコミと一緒に危機意識を押しつけてくる。まさにそのままの空気が国会で溢れているのだが、私たち国民が国会を信頼できる情報を共有する場として見ることが出来なくなっている。
そんな思いを抱えながら、最近読んで共感した3つの読みものがある。
一つは、朝日新聞のオピニオン欄に載った作家の阿部和重さんのエッセイだ。3・11によって多くのものが失われた。そのひとつは、言葉や情報への信頼だという。この一年、「情報隠し」というフレーズに私たちは何度触れたことだろう。震災と原発事故への対応をめぐる政府と東電の一連の不手際が国中に撒き散らかしたのはひとえに疑いの種だった。どうせ都合の悪い情報は隠蔽しているに違いない、と国民に思われてしまっているのである。
社会には本来、ここだけは決して信用を落としてはならない場というものがあるはずだ。少なくとも、ここから発せられる情報に関しては信頼してもいいという場を取り戻さなくてはならない、という。
じゃあ、その場がテレビ中継に映る国会がそうなのかというと、そう思えないから困っているのである。
二つ目は「新潮45」の3月号の特集、"震災から一年・停滞をぶち破れ"の中のルポルタージュ「被災地のデリヘル嬢たち」だ。震災一週間後に再開したデリバリーヘルスの店があったという。風俗嬢も被災者なら、お客も被災者。人肌は束の間の癒しだった、というルポには少々意表を突かれた。こういう記事は公にすることがいいのか、くさいものにフタ、見ぬ振りを通すことがいいことなのか、いつも考えさせられることである。しかし、現実の社会はキレイごとでは済まないことは誰もが承知していることだ。表も裏もすべての情報を飲み込まないと、復興への道のりが遠くなるだけである。「新潮45」の編集長はバランス感覚がいいのである。
三つ目は、小説「不愉快な本の続編」絲山秋子さんの作品だ。小説の主人公が呉の出身で、舞台の初めと終わりが呉で、おもしろかったというハガキが編集室に届いた。それで早速本を取り寄せ、読んだのである。
これが本当におもしろかった。取り寄せたその日に読み切ってしまうほどおもしろかった。と同時に著者の絲山秋子さんのコトバ使いのうまさにうなったのである。「不愉快な本の続編」という題名どおり、主人公の異色振り、不愉快この上ない奴に対して、読む側に徹底して気持ちを同化させない。そうして著者の策略にかかり、どんどん絲山ワールドに引き込まれるのだ。3・11以後、7月に発表されたこの小説は、より不愉快な日本になった現実に負けない物語を紡いでいる。
ノンフィクションであるジャーナリズムの言葉が薄っぺらにしか伝わらないことが多い現在、フィクションを書く小説家の言葉に信頼が置けることに気づかされた。朝日新聞へエッセイを書いた阿部和重さんも小説家だ。絲山秋子さん共々芥川賞作家である。
石原東京都知事は、最近の芥川賞作家はもう一つだ、と言って芥川賞審査員を辞められたが、いやいやこの二人の芥川賞作家の言葉は、信頼できる、生きている言葉を使う人だと思ったのである。