Archive for 4 月, 2012

2012年5月号

水曜日, 4 月 18th, 2012

◯月◯日
「宮迫千鶴展︱ワクワク描いた人生の午後」が伊東市の池田美術館で開催される。そのオープニングパーティに駆けつけた。
池田美術館は伊豆高原の一碧湖畔にあった。伊豆高原には3・4回訪れているが、この附近まで足を伸ばせなかった。だから、今回が初めての池田美術館、丘陵地を利用した設計はもちろん、常設展示の素晴らしさに驚かされた。私立のすごい美術館がこんな処にもあったのである。
宮迫さんが亡くなってもう4年が経とうとしている。オープニングには、東京や関西の関係者が多く集まっていた。その中には帯津三敬病院の帯津良一さんの顔も見えた。
個展の会場には、20代から亡くなるまでの絵がズラリと並んでいた。宮迫さんの30何年かの画業の変遷振りがやはり興味深いのである。また、見落していたが布のコラージュが魅力的だった。そういえば、宮迫さんのアトリエにミシンのコーナーがあったことを思い出した。
宮迫さんには本誌の表紙絵と巻頭エッセイを157回連載して頂いた。宮迫さんの急逝で、表紙絵を夫の谷川晃一さんに無理を言って引き継いで描いて頂いている。会場内の一角に本誌がズラリと展示してあり、嬉しい思いがこみ上げて見入っていたら、後から谷川さんに、"この個展を宮迫の故郷の呉でやりたいね、やるようにしようよ"。と喝を入れられた。

◯月◯日
やっと桜が咲いて、恒例の花見会を二河峡で開いた。呉は花見処の多い町で、里山の高台はもちろん、公園と名のつく処はすべて花見が出来るのだ。そんな中で、二河川の河口から車で5分足らずの二河峡。その谷間の緑の中に咲く桜が好きで、私の花見処としては一番回数を重ねてきた処である。
この日は日曜日で、しかも好天に恵まれたせいで、花見客が例年より断然多い。若いグループは決まってバーベキューパーティ風だ。私たちのように地べたに坐らない。椅子に腰かけるあくまでアウトドアのカタチである。私たちのように、みんなで座を囲み、一つの話題で盛り上がる様子はないのだ。そして、あまり酒を飲む様子もない。年配世代の私たちはといえば、七輪に鍋をかけ、まずはビール、日本酒、熱燗ととどまることを知らない。
今回の鍋は"ワカメ鍋"。広島湾で採れた海藻のワカメのしゃぶしゃぶだ。U博士が学生に命じて採取した10数種類の海藻、これ以上の花見の御馳走はない!?
◯月◯日
友川かずきさんのドキュメンタリー映画「うたう」を作った佐々木育野さんと飲む。"友川かずき"といえば知る人ぞ知る!?シンガーソングライターであり、詩人、画家と、いくつもの肩書きを持つ個性豊かな自由人だ。佐々木さんの作品を観ると、今は"競輪"を生活の中心に据えている友川さんが映っていた。
15年以上前になるが、本誌にエッセイの連載をしていた友川さんを知る私としては、年をえた友川さんを見ると、少しだけど角が取れた姿がやはり懐かしく、顔が綻んでくるのだ。
監督の佐々木さんは、1年半前から倉橋島の室尾に住み、次回作の準備を進めている。"漁業"が中心テーマで、自分も住み込みで漁業を実践しているという。
地方にもモノをつくる人が増えれば、自分を表現するコトバの大事さを意識する人も出てくるのだろうな、と佐々木さんと飲んでいて、そう思った。

◯月◯日
5月26日・27日に呉で"第一回減塩サミット"が開かれるのだが、それに併せて発刊する"呉食堂︱医食同源のマチ・呉にようこそ"を編集している。
本誌に連載しているヘルシーグルメダイエットレストランと地域の医者の健康コラムを基に、医食同源を目指すマチ・呉を前面に押し出す本にしたい。瀬戸内海に面した一地方都市の呉が、全国に先駆けて減塩食の重要性を発信し続けた結果が今回の減塩サミット開催に繋がったのである。
何はともあれ、第一回の開催地が呉になったところが素晴らしいのである。この動きは全国に向けて呉市の大宣伝になるのだが、行政側はどこまでも感性が鈍いようだ。
"ヘルシー"や"減塩"で観光に繋がりますかと言う!?ヘルシー料理を作れる秀れた料理人と、健康予防のメッセージを伝える頭の柔らかい医者のいるマチこそ、住みたいマチの大きな条件の一つだということを御存知ないのである。住みたいマチが旅をしたい処と繋がってきているのですぞ、最近は︱。
そんな時、呉出身のミュージシャンの町支寛ニさんからメールが入った。"減塩"の歌が出来たのである。減塩サミットのコンサートに出演するカンフル罪(町支さんと古村敏比古さん)が当日披露する予定なのである。題して、交響曲第6番"田園"ならぬ"減塩"!?乞う御期待である。