Archive for 9 月, 2012

2012年10月号

木曜日, 9 月 20th, 2012

◯月◯日
〝31対3〟。この数字、何だか解かりますか?
9月の呉市議会定例会で、呉市役所の新庁舎建設案賛成か反対かの採決の結果である。31人という圧倒的多数の賛成で案件は承認されたという。反対は3人だけ!?
そして、新庁舎工事は、平成25年4月着工、27年完成のスケジュールで準備が進められており、すでに駐車場予定地の中央公園の一画の整備が始まっている。
そういえば、夏のよっしゃこい祭りの時に、中央公園の一角を塀で覆って工事をしていたことを思い出した。
しかし、この文章を書く為の確認と思い、中央公園に行ってみると、なんと、その一画は既にコンクリートが敷かれ、一面が広い駐車場になっているではないか――。あの緑の芝生や藤の棚や桜、そして日本各地の名木が跡形も無く消えている。
おいおーい、中央公園をどうしちゃったんだ?!事の起こりの筋をたどると、やはり新庁舎建設のためなのである。
おいおい、無茶するなぁ行政さん、と言いたい。〝公園〟だから行政は何をしてもいいというわけか――!?
議会で新庁舎建設の承認が得られていない7月に既に工事に入っていたということになる。
どうしてそんなに急ぐんだろう!?
それもこんなご時勢にである。
国の巨大財政赤字でにっちもさっちも行かないという状況で、なんでこんなハコモノを造り続けるんだろうか、行政の人たちは!?
中央公園から100mも離れていない元法務局跡の国の新合同庁舎建設も着々と工事が進んでいる。ここも建物の周りに植えられていたそれは見事な桜を工事の為に一刀両断、すべて伐ってしまった。
これも、おいおい、どうなっとるんだ!?
緑の濃い大きな木に育つまで、何年もかかることを知らんのかのぉ、行政は――。
新庁舎建設にいくらかかるか、知ってますか?
総額150億円。少し前まではこんなに大きな金額ではなかったと思うのだが、どうしたことだろう!?
呉市は合併特例債の活用で、90億円が国からの交付金で賄えるため、市の負担は60億円で済むと財源の有利性を主張するが、予算が増えれば国と市の負担も増えることが問題ではないのか!?
それにしても、この新庁舎建設を進める行政のやり方、過程を私たちが知らなさ過ぎるのはどうしてだろう!?行政の〝広報〟が広報足りえてないのである。
〝合併特例債〟、これが地方行政へのアメ玉、諸悪の根源なのかもしれない。〝市町村合併〟のゴリ押しが、国家財政を圧迫させるのは必然だった筈だ。
その合併特例債の有効期限は合併後10年とされていた。呉市の場合は、平成27年3月までの完成が条件になっていたが、この特例債が東日本大震災の影響で、活用期限が5年間延長された。
新庁舎建設を急がなくてよくなったのである。
というか、円高、デフレによる国内産業の空洞化と震災や原発の補償問題で、国の財政状況は今からさらにひっ迫していくのは必定である。合併特例債は当分出せない可能性が高いのだ。
では、このまま進行して新庁舎を作るとなると、150億円は、市ですべて負担することになる!?
そんなこと、市民は一切知らされてない。震災が起きて、〝市役所の防災拠点として新庁舎を〟というのも都合がよすぎる説明だ。3年前に2億円を投じて改修工事をしたばかりではないのか――。
いやはや、市会議員の皆さまは、こんな新庁舎建設にそれでも賛成なのだろうか!?

今月号の特集〝市制110周年記念・呉歴史検定〟の問題を編集してみると、本当に呉市は日本の近現代史の縮図のマチだとつくづく関心、いや感心するのである。
〝合併〟の問題も、明治時代海軍鎮守府が呉浦に建設され、和庄町、荘山田村、宮原村と、吉浦村から川原石・両城地区を分離させて成立した二川町との合併で呉市が誕生したのである。
その後、昭和初期に呉市の衛星都市化していた阿賀・警固屋・吉浦の三町と広村を含めた呉都市計画が持ち上がる。
しかし、広村は独自に市制を目指していたのだが、海軍と呉市に押し切られ、仁方町と共に合併させられるのである。
そうして敗戦後、広町と仁方町は二度目の呉市から分離運動を始める。しかし、この〝広分離問題〟もついに実現しなかったのである。
こうした合併問題だけでも、今の呉のデザインに多大な影響を与えていることが、歴史を少し遡ると見えてくるのである。

中央公園が、以前の緑溢れる公園から駐車場にデザインを変えさせたのは誰なのか。歴史の一場面として見守りたい。