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2013年5月号

金曜日, 4 月 19th, 2013

◯月◯日
見慣れた町並みの風景の中で、いつの間にか建物が消え、平地になっていることがある。あれ、ここは何が建ってたんだっけ!?しかし、そんな平地も時間が経つうちに塀で囲まれたりして、外から見えなくなることが多くなった。
いま呉の町で、塀の中の平地として注目を集めているところがある。呉市新庁舎建設用地である。市民会館と駐車場を壊して、そして中央公園の一番濃い緑、30年から40年の貴重な成木をバッサ、バッサと伐って出来た平地である。
ところで、いま〝平地〟といえば東日本大震災の被災地のことがある。その現場では、ガレキを撤去した後、現出した平地が、〝更地(何の用途にも当てられない土地、地上に建築物などの存しない宅地)〟になるか〝用地〟になるかが大問題になっている。
現場と行政の復興感の相違で、事業スピードが遅過ぎるというジレンマに陥っている。しかし、それに比べて呉の新市庁舎建設の〝平地〟の進み方の早さってどうなのだろう!?
元々、新庁舎計画は、合併特例債の期限に間に合わせるために急いで作ったものだ。しかし、その特例債が5年延長され、急ぐ理由がなくなったのにもかかわらず、市と議会はゴリ押しで進めている。
どうなってるんだろう!?
借金まみれの国家財政の中で、何故行政のハコモノを優先して作らないといけないのだろう!?
東日本大震災の復興事業を早急に進めるべきではないの!?と思うのがフツーである。しかし、フツーじゃない人がただ呉に多いからだろうか!?
新庁舎建設を急ぐ理由は、〝現庁舎が震度6程度の地震で倒壊する危険性がある〟と指摘されているからという。こんなあやふやな指摘が根拠になるなら、日本全国、自治体庁舎や学校などは殆ど建て替えが必要となるのではないか!?
いやはや、行政というのは一旦計画が通るとやり通すことが美学、お上はいつも〝正しい〟ことをしていると思い込んでいるだけなのである。
私は、新庁舎建設に何もかも反対しているわけではない。議論に時間を費やさないで、そして私たち市民に何も情報を伝えないで、新庁舎建設ありきで進めるやり方が胡散臭くてたまらないからである。〝議案に反対しない〟で有名な呉市議会と組んで、新庁舎建設を地域の経済の活性化に生かしたいというのである。これもおかしいことになってきている!?そのために、市は従来の建設工事の入札を一般競争ではなく、総合評価方式にしたのである。
その結果が、工事入札の中止となった!?
市はあわててまたも急いで早期建設に向けて、議会と組み進めている。
私は、この進め方がおかしい、と言っているだけなのである。
新庁舎の設計者は、どなたか分からないが、中央公園の緑を取り入れないで設計するセンスを疑うのである。ましてや現庁舎の設計者は、有名な坂倉準三である。庁舎建設として、呉市庁舎は日本建築史に残る建物として知られている。その現庁舎を壊して、新庁舎を設計するとなると、それ相応の設計意図や意匠であるべきだ。そして、もっと分相応の事業費で考えるべきではないのか!?これも首をかしげたくなる。
現庁舎から見える塀の中の平地を見るたびに〝緑の林〟を想うのである。
町の中で、ずうっとある平地といえば、学校の校庭である。呉地域では、近年小学校の統廃合が進み、廃校の校庭、平地が増えている。
倉橋町の3つの小学校が廃校になり、歴史の染み込んだ校庭がポンと放り出されていた。その校庭の中でひと際目立つ木がカイヅカイブキだ。緑の枝が上に向かって伸びる独特の木だ。倉橋東小学校のカイヅカイブキは40年前に校庭に植えられた。そして、時間をかけて自ら生長しながら生徒が遊び、学び、運動する姿を見守り続けた。そのカイヅカイブキは今は大木に育った。その木に生徒たちは登って遊び、また暑い夏には木陰で涼んだといわれた。
植物の存在感は、大木になってからどんどん増してくるものだ。堺川の楓橋近くにそびえる大木たちがそうである。30年前の公園整備でバッサバッサと伐られた木々の中で残された一角が、今や堺川風景になくてはならない大木群になった。
木が育つには時間がかかることを教えてくれる風景がそれである。
〝公〟の土地だから、そこに育つ木や植物をいつでも伐っていい、ということなのか!?行政の考える〝公〟の中には〝市民〟が抜けてしまったのだろうか!?