Archive for 6 月, 2013

2013年7月号

水曜日, 6 月 19th, 2013

◯月◯日
「日本海軍はなぜ過ったかー海軍反省会400時間の証言よりー」という本がある。大和ミュージアム館長の戸髙一成さんが託されていた「海軍反省会」の録音テープを澤地久枝さん、半藤一利さんと共に聞き、NHK放送の番組になった鼎談本である。
その中で、当時の海軍士官の多くは「実は戦争には反対であり」「戦えば必ず負ける」と考えていたにもかかわらず、組織の中に入るとそれが大きな声とはならずに戦争が始まり、間違っていると分かっている作戦も、誰も反対せずに終戦まで続けられていったという実態に驚くのである。
そこには日本海軍という組織が持っていた本質、「縦割りのセクショナリズム」「問題を隠蔽する体質」「責任の曖昧さ」があった。それは、現在危機が進行中の、東電福島第一原発事故への関係機関の対応に見られるように、そのまま現代日本の組織が抱える問題や犯している罪でもある、という。「海軍反省会」の議論を現代と重ね合わせているところが、この本の衝撃であり魅力である。
そして、本を読みながら、戸髙さんの長く続けている仕事に敬意を払うのである。このような人が大和ミュージアムの館長をしているからこそ、今のミュージアムの成功があったと納得するのだ。 今号の特集は、〝戸髙一成館長の大和ミュージアムのデザイン〟と題した。9年目に入った大和ミュージアムを戸髙さんに改めて紹介して頂いたのである。ミュージアムに立ち寄った人が、歴史に興味を持って、自分から調べたいと思うようになれば、ミュージアムの施設の大小を超えた、大きな結果につながると言われている。
太平洋戦争を日本の歴史の中の最後の戦争とするためにも、戦争の歴史を伝えてゆく努力が必要だとも言われる戸髙さんに、改めて注目したい。

◯月◯日
呉市新庁舎建設の2度目の入札も不調に終わったという連絡が入る。正直驚いたのである。どうなってるの!?
そして、まさに〝天の配剤〟と思ったものである。
そこで、そもそも新庁舎建設のハナシはいつ頃から出てきたのか、中国新聞の記者に教えてもらった。
2011年2月に〝呉市庁舎建て替え検討〟の記事が始まりのようで、小村市長が市議会で明らかにして、建て替えに向けた全市的な議論の材料を提供するというものだった。2年前に検討に入ったことを、1年後の今年の春に工事に入ろうとしていたのだから、驚くべきスピードである。
そこで、中国新聞が伝え続けてきた〝呉市新庁舎建設〟関連記事を時系列に並べたのが、今号のKUREEBAN’S EYEだ。その記事の流れから見えてくるものがあったのである。
一つは、地元建設業者の下請け参入などを促すために、価格以外の要素も重視する「総合評価方式」の入札にした事。
そして、もう一つは、「新庁舎建設調査検討特別委員会」が、どうも市と調整して、議会をどんどん進めたことが分かった。市会議員13人の特別委員会のメンバーが、実質新庁舎建設を進めていたのである。
我々に全市的な議論の材料が提供されたのは、〝入札中止〟という市からの皮肉な結果を知らされてからである!?
それにしても、行政の筋書き通りに進めた特別委員会の〝多数派議員〟が問題なのである。
市は、特別委員会を20回以上開くなど市民代表の議会に新庁舎の必要性を説明し、議決ももらった。また市民委員会でも意見を聞いてきた、と言う。
しかし、全市的な議論は全く起こさないように進めたとしか見えないのである。見えたのは、まだ新庁舎建設が議会の承認を得ない内に、中央公園の緑をバッサ、バッサと伐ってしまったことだ。このことに気づいた市民の怒りやあきらめは根深いことを市や市会議員は知るべきだ。
そして、新庁舎建設の市民側の一番の関心事は市民ホールが入ることだ。巨額の費用がかかる市民ホールを誰が作ってほしいと言ってるのだろう?!単純に市民会館を壊すから、新庁舎にも必要というのだろうか。そもそもホールは文化ホールで十分なのである。中型ホールは、広にも焼山にも川尻にも音戸にも安浦にもある。新しい中型ホールは必要か、と問われれば、それはあった方がいいと言うだろうが、これ程の巨額費用がかかると知れば、〝今でしょ〟と言う人はいない筈である。新庁舎の建設のことが、事業費の底上げをしていることが知られていないことが問題なのである。
本誌では、とにかく〝呉市新庁舎建設は急がんでええ!〟という意見に賛成の人、手を挙げて下さい、と書いた。〝急がんでええ〟という人の中には、合併特例債を使えるのなら建てた方がいいという人もたくさんいるのである。
「市民不在」のまま、新庁舎建設を押し通すつもりの市と市会議員の皆様にまた、〝天の配剤〟をー。