Archive for 5 月, 2014

2014年6月号

金曜日, 5 月 23rd, 2014

○月○日
伊豆高原に住む画家の谷川晃一さんを訪ねた。昨日、東京で震度5の地震があり、その震源地の伊豆大島近海に近い伊豆高原だから、さぞ揺れただろうと思いきや、さもあらず。ああ地震だ、という程度の感覚だったと、谷川さんは言われた。伊豆高原は大室山という休火山の岩盤の上に出来た地で、今でも表土を4〜5㎝掘ると岩盤が現れるそうだ。土地が揺れないのは、その岩盤のせいとのこと。だから、東日本大震災の時の震度も近隣の地より低かったと言う。
伊豆高原には2年前、伊東の池田20世紀美術館で開催された「宮迫千鶴展」のオープニングに来て以来だ。展覧会の中に、宮迫さんの絵の表紙のくれえばんのコーナーがあって、嬉しかったことを思い出した。
その日はあいにくの雨で、伊豆高原の濃い緑も重く湿り、宮迫さんの多様な明るい絵がもう一つ見る者に伝わりきれないもどかしさがあった。しかし、雨足が急に強くなった途端、強い光の後にドカーンという大音が館内に響き渡り、館内の気が変わっていった。落雷が変えたのか!?その後、あっという間に黒い雲が去り、太陽の陽ざしが辺りを明るくした。そしてオープニングの客が帰る時には空は晴天。宮迫さんのカミナリが落ちた、と客の誰かが話していたのを覚えている。
5月は、伊豆高原アートフェスティバルが開催されている。谷川さんのアトリエももちろん参加をしている。というのもこのアートフェスティバルを企画して始めたのが谷川さんと宮迫さんなのである。今回で22回目になり、100会場で開催されている。
このアートフェスティバルと私は少なからず関わりがあった。10年前、アートフェスティバルに参加していた人たちのコラムを集めた単行本「半島暮らし」を出版したからである。元々伊豆高原は別荘地として有名だったが、最近は、第二の人生をこの地で暮らす移住組がどんどん増えていた。そして、この5月のアートフェスティバルがあるから移り住む人も何十組も出て来ていたのである。
毎年不思議と100軒ぐらいの参加に落ち着いていて、最初から続いている所は少ないけど、新陳代謝がうまく効いているところが元気な継続につながっている、と谷川さん。谷川さんのコトバはいつも変らず淡々としているのである。
その谷川さんは、今では一人暮らしだ。谷川さんの家に着いて、宮迫さんの仏前で手を合わせた。その時、猫が寄って来た。生前の宮迫さんの時にも出て来た猫であるー。
そして、早速アトリエで本誌の特集で使う写真や文章の打合せをした。その中で、宮迫さんの小学校時代、呉での写真はないですか、と聞くと、そういえばと言って捜し出したのが、まさに小・中・高時代の宮迫さんのアルバムだった。呉時代に暮らした祖父母の家は望地にあり、その家の前で祖父との写真がアルバムの始めに貼られていた。望地の坂道と上山田小学校の学年写真を今号に使わせて貰った。
このアルバムは宮迫さんの母親が亡くなってから、送られてきたアルバムだという。母親と縁がなかった宮迫さんのわけありのアルバムだった。その中に一枚だけ、宮迫さんと母親と思われる人の写真があった。宮迫さんと顔が似ていたからそう思ったのである。谷川さんと私は、頭を寄せあってアルバムをのぞき込んだものである。何か不思議な時間だった。
翌日、天城の山の市民霊園に行く。この山はバブル期、ゴルフ場建設で反対運動が起きた場所である。そのことは宮迫さんの文章で読んだことがあった。そのゴルフ場建設が破綻して、市民霊園が出来たという。広い2車線の専用道路が立派である。霊園入口から霊園まで一台の車とも出合わなかった。
宮迫さんの墓に焼香した。海が見える素晴らしい霊園である。しかし、生花を持ってくると、すかさず鹿が食べてしまうそうだ。墓の近くに黒く丸い鹿の糞がある。宮島で見慣れているからすぐに分かった。造成した墓地の向こうの雑木林から鹿が私達を見ている筈だと、谷川さんはここでも淡々と話される。
そういえば、昨夜谷川さんと食事中に谷川さんの俳句集「地名傷」の話になった。「地名傷」とは「雑俳」のジャンルで「地名」を入れた駄洒落を頻繁に使った言葉遊びの句で、谷川さんが宗匠である。句題を「呉」にして谷川さん詠んで下さいと頼んだ。谷川さんは少しして、これはどうかな、と詠んだ句がこれだ。
〝日暮れまで呉を眺めて金オクレ〟
〝頼むから呉へ来ないでクレーン車で〟
谷川さんは淡々としているが、あくまでユーモアの人なのである。即興で詠んだ呉の句もおもしろいが、これが谷川さんの実力と言う句も載せておく。
〝ハンペンを2つに切ってプノンペン〟
〝股倉にチャック噛みつくカムチャッカ〟
〝赤毛のアンもんどりうってモンドリアン〟
どうですか、おもしろいでしょう。
谷川さんは、現在静岡県三島の大岡信ことば館で「これっていいね雑貨主義」展を開催している。伊豆高原アートフェスティバルと同時期の開催になり、忙しい身である。
「雑貨主義」とは「自分の手の届くことをやる」自由であり、「家で充実した時間を過ごす」自由でもあるー。
谷川さんは宮迫さん亡き後、何事もユーモア度が増し、そして淡々度も高度になってきたようだ!?