Archive for 8 月, 2014

2014年9月号

金曜日, 8 月 22nd, 2014

○月○日
垰甫さんに会ったのは今から30年位前である。灰ヶ峰の麓、西谷で自然農法で野菜を作っておられた。当時でも、自然農法を実践する農家は滅多に無く、有機農法が陽に当たりかけた頃である。
今思い出すのは、垰さんの年輪を刻んだいい貌と、何ともきれいな畑、そしてその時、御馳走になった自家製の柿の葉茶の味である。
垰さんは88才で亡くなられていたことを今年、垰さんの四男 知宣さんに聞いた。垰さんの畑には2度行ったことがある。あの時から3、4年で亡くなられていたのである。
知宣さんは長く料理人を続けてきた人だけに、今も垰家の食習慣を受け継いでいたのである。その一つにいたどりがある。呉ではかっぽんと呼ばれている。春に道端に雑草と共に生える多年草だ。子どものとき、よく採って皮をはいで食べたアレである。そのかっぽんを塩漬けにして保存食にすると、これが見事に変身して素晴らしい食材に成り上るのである。煮物、炒め物、漬物、と変幻自在。味付けがそのままかっぽんに入り込み、独特の食感と相まってこれが旨いのだ。これ程の食材を私たちは道端に見過ごし続けてきたことに愕然とするのだ。オーバーに言うな、と茶々を入れられそうだが、いや食べてみればご納得いただけると確信している。
昭和の時代、呉地域で一番自然の恵みを食卓で整えていたのが垰家だったようである。その一端を特集で掲載している。
桜が満開の頃からが、かっぽんの若芽の収穫期といわれている。来年こそ、かっぽん採りにいざ山に向かいたい。

○月○日
呉とかかわりのある家庭料理の本を2冊特集で紹介している。1冊は〝宮崎総子のわが家の食卓〟である。これは以前にも紹介したが、呉出身の宮崎巴さんが残した料理ノートを娘の総子さんがエッセイと共にレシピを紹介している。総子さんの姉の恭子さんは俳優の仲代達矢さんの妻だった。恭子さんは母の巴さんと58年間一緒に暮らした。そして仲代さんと一緒になり、巴さんの料理は仲代さん中心になっていく。また、田舎の呉から瀬戸内の食材がたくさん届けられ、仲代さんは呉の食材を享受した。また、巴さんの使う呉弁もマスターしましたよ、と以前仲代さんにお会いした時、私に言われたことを思い出す。今号では、その巴さんの料理の中から、秋の宮崎家の代表的な料理レシピを掲載している。
もう1冊は、佐々木俊尚さんの〝家めしごちそうレシピ〟だ。佐々木さんは、呉出身のイラストレーター松尾たいこさんの夫で、毎日家めしを作っている。佐々木さんはジャーナリストで家での執筆が多いそう。また、妻の松尾さんもアトリエでの仕事だ。2人の食事は料理の得意な夫が担当し、その料理を妻のブログで紹介するというライフスタイル、何とも楽しそうである。〝松尾たいこさんのじかん〟の特集の中にも〝食事のじかん〟のことが書かれている。
また、今回の松尾さんと私をつなげてくれたのは、友人の作家 戸矢学さんである。松尾さんと戸矢さんは、2冊の単行本でタッグを組み仕事をしているそうだ。この秋に出版される2冊が楽しみである。

○月○日
NHKドラマ〝戦艦大和のカレイライス〟の撮影が呉で始まるのだが、その広報の一環で、実際の戦艦大和で食べられたカレーを再現しているという。
〝海軍カレー〟は、旧海軍基地の町で、現在も自衛隊がある横須賀などで、B級グルメとして売り出し、マスコミに取り上げられてきた。しかし、戦艦大和のカレイライスとなると、戦争時の軍艦食である。最高の御馳走といわれたメニューの一つといわれているが、残念ながら確かな資料がない。
現在の海軍カレーと戦前のカレーの違いは、カレーのルーにあるといわれている。小麦粉とカレー粉の分量の違いだ。戦前はどうしても小麦粉の量が多かったようである。そして、何より戦艦大和のカレイライスの特長はりんごがそのまま入っていたこと!?まさにアップルライスカレーだったそうな。そのへんの詳細は次号で報告したい。

○月○日
土用の丑の日の後日、呉の鮮魚スーパー笹兵衛でのこと。笹兵衛は店でウナギをさばいてすぐ蒲焼きにしてくれるので人気が高い。私もその日焼き上る時間を見計らって笹兵衛をのぞいた。
「今、焼いてますから、もう少し待って下さい」と厨房のおにいさん。私の後にいたおばあさんは、パック詰めのウナギを手に取り首をかしげている。
「ねえおにいさん、これ中国産よね?ホンモノはないの?」
「ええ?ホンモノ?!(苦笑しながら)ホンモノはもう少しで焼けますよ」
私を始め、周りの人たちは二人の会話に笑いをこらえたのだ。それにしても、中国産の信用落ちとるのぉ。