Archive for 5 月, 2015

2015月6月号

月曜日, 5 月 25th, 2015

○月○日
カレーライスについて何か思い出は?と聞かれれば、日本人なら誰でも一つや二つの自分のカレーライス物語が口について出てくるだろう。
「アンソロジー カレーライス!!」という本に33人の作家の、カレーだらけの文章が集められている。池波正太郎、伊集院静、向田邦子、吉行淳之介、五木寛之など錚々たるメンバーの掌篇だ。
その個々の文章で、カレーライスとライスカレーを区別する規定を言葉にする作家が多かったのである。
〝カレーとライスが別の容器で出てくるのがカレーライス。ごはんの上にかけてあるのがライスカレー。〟
〝金を払って、おもてで食べるのがカレーライス。自分の家で食べるのがライスカレー。〟
〝ジャガイモ、ニンジン、タマネギが形のあるまま出てくる黄色いカレーがライスカレー。野菜の形が残っていないこげ茶のカレーがカレーライス。〟
〝カレーライスは洋食。ライスカレーは和食。〟
〝かつおぶしのダシにカレー粉を加え、片栗粉でとろみをつけた、どろっとしたのがライスカレー。煮込んだ野菜と肉にカレールーを加えたサラリとしたのがカレーライス。〟
という風に、カレーライスとライスカレーの区別も様々なのである。
特に年配の人は、幼い時に食べたライスカレーの記憶は、その人の食の原点になった人も多いようである。母親が作ってくれたライスカレーを今でも懐かしがるのである。野菜の具が形のまま残る黄色いライスカレーを無性に食べたくなる、と言う人が多いのだ。
「アンソロジー カレーライス!!」の本が、人それぞれに想い出のカレーがある、という共感を呼び起こしてくれたのである。
私も、カレーライスの想い出をこの頁を使って書いたことがある。その想い出とは、’70年代に通った東京は渋谷、道玄坂の百軒店のカレー店「ムルギー」のことだ。驚いたことに、この「ムルギー」に池波正太郎さんも頻繁に通っていたと、この本で知ったのだ。
あの池波さんと同じ店に通っていた!?何か、意味なく嬉しかったのである。
〝小さい店だが、売りもののカレーライスに独自のものがあり、日ごとに食べても飽きなかった。ライスを、ヒマラヤの高峰のごとく皿の片隅へもりあげ、チキンカレーを、ライスの山腹の草原のごとくみたす。
どちらかというと黒い色の、辛いカレーで、香りのよさがたちまち食欲をそそる。〟
そう、このムルギーカレーが無類にうまかったのである。’70年代に渋谷道玄坂に住んでいた私は、歩いて1・2分の「ムルギー」に頻繁に通った。
「ムルギーカレーを下さい」
「玉子入りですね」
「いや、ムルギーカレー」
「玉子入りですね—」
と駄目出しする店主にいつも負けて、ムルギー玉子入りカレーを食べ続けた。玉子入りとは、スライスされたゆで玉子がカレーの上にトッピングされたもの、そしてその上にほんの少しだけのケチャップがかかっていた。これがまた、どんピシャリとカレーの辛さを引き立たせるのだ。店主に反抗して玉子入りでないムルギーカレーを食べた時、何か物足りないと感じ、玉子入りにしなかったことを後悔したものである。
それにしても、池波さんのこの表現には参った。〝ライスを、ヒマラヤの高峰のごとく皿の片隅へもりあげ、チキンカレーを、ライスの山腹の草原のごとくみたす。〟
まさにそのとおりなのだ。食べ進むうちに、さらりとしたスープのような甘さを感じたカレーが、スプーン一匙ごとに辛さ、旨さ、そして香りを増してくる。これがムルギーカレーの真骨頂で、独得のものだった。
20代の〝辛い〟青春時代が、カレーライスの風景から広がっていくのである。

カレーライスが一般の日本人に食べられ出したのは明治が終わって、大正時代になってからといわれている。
また、明治期にいち早くイギリス式洋食を取り入れた海軍で、カレーを食べた兵士たちが故郷に帰って全国にライスカレーを広めた、ともいわれている。
その論によるまでもなく、海軍の基地だった呉は、全国でもいち早く明治期にカレーライスを食べさせる店が町にあったのである。
その店とは、中通の「日英館」という大きなビヤホールである。この店のコックは海軍出身の人が中心だった。戦艦「伊勢」の調理師だった加納さんも日英館のコックとして働いていた。この加納さんが作るカレーは、海軍のレシピそのものだった。
その海軍カレーをそのまま受け継いでいるのが、現在も営業している中通「いせ屋」である。初代から三代目の加納さんだ。〝田舎洋食・いせ屋〟と店先に書かれているが、いやいやそうではない。呉の歴史を物語る〝百年洋食〟なのである。
今回特集している〝呉海自カレー〟は、呉基地の22の海上艦で食べられている各々のカレーを、忠実に呉の店で再現したものだ。各艦の調理師のお墨付きといわれている。
それらのカレーは、各々の艦独自の味を際立せている。毎週金曜日に出るカレーを倦きさせない工夫に満ちているのだ。
そこで思ったのだが、海軍カレーのルーツである「いせ屋」の〝百年カレー〟を海自カレーのレシピの一つに加えてみたらどうだろう!?
ライスカレーと呼びたい、オーソドックスなカレーが「いせ屋」のカレーである。この〝百年カレー〟を海自隊員に食べさせたいのである。
呉基地の海上艦の調理師さん、中通「いせ屋」へ急げ—。