Archive for 6 月, 2017

2017年7月号

金曜日, 6 月 23rd, 2017

○月○日
ある日、家の前の街路樹の枝がバッサリと切られていた。新緑の葉がこんもりといい形をつくり、家の前はこれからの季節、木陰の道になるなあ、と思っていた矢先である。大きな枝も根元から無残に切られ、以前の樹の形が思い出せない。切られた枝の幹が生白く妙に目立っている。
呉の町の樹は、どうしてこうもバッサリと伐られ続けるのだろう。公の場所の樹のことである。こんなに大ざっぱな伐採をしていいのだろうか、とそんな場に出合うたびにそう思う。
私も本誌にそのたびに書いて、反響も少しはあるのだが、何も変わらない。その変わらないことが、腹が立つというか、空しいのである。同じ町に暮らす住民として、お上の施策に対して少しは声を上げてはどうかと、いつも思う。みんな傍観者で居続けたいのだろうか―。
町の主だった伐採は、古くは堺川沿いの樹木。最近では新市庁舎建設時の中央公園の樹木。そして今も続く呉各所で起きている桜の木である。
ヨーロッパでは、町の街路樹はその町の知性を表すといわれている。町の景観デザインに街路樹の緑が重要な役割を果たしていると認識されている。私たちはそんな環境を大事にする町に暮らしたい。
ところで、呉の町にも街路樹の存在が際立つ景観があった時代がある。戦前の本通りや中通りには柳の並木が植えられていた。その当時、呉に来た藤田嗣治画伯が描いた絵ハガキ〝本通り夕景〟が今も残っている。描かれている呉の町に訪れてみたいな、という風景がそこにある。
また、呉には歴史的に見ても古い街路樹が見事に残っている道がある。市民広場(旧練兵場)、入船山附近、呉医療センター(旧国立呉病院)辺りの松並木である。かれこれ100年近い街路樹が呉に残っているのだ。よく残したというか、勝手に残ったというか、お上に聞いてみたいものだ。
この松並木の通りにある海上自衛隊集会所の建物を残そうとする企画案が出ていると聞いた。あれあれ、珍しいことである。何でも壊して新しい建物を作ることに熱心なこの町には、珍しい発想だ。この集会所は増岡組が100年前に建てたもの。当時、名建築物として賞賛された建物だ。それを生かそうとする企画とは珍しい!?
入船山一帯の景観を生かす企画であって欲しいのだ。この発想をもう少し前、名建築といわれていた旧市役所の建て替えの時に出して欲しかった。そうすれば、中央公園の林の伐採もなかったろう。
そういえば、そのとき中央公園の主だった樹木を移植して、新しい公園作りのときに戻すと、お上は言っていたが、どうなっているのだろう。嘘であって欲しくない、と思うのは私だけではない。また、そういえば、嘘であって欲しいことが、現市長の4選出馬宣言だ。市長は前市長の3選出馬に、多選は市政上よくない、として選挙に出馬した。そして落選。4年後に、また、多選阻止を掲げて当選したお人である。その多選云々という御本人が、多選である4選に出馬するとはどういうことか、いやはやである。3期で培った強いリーダーシップで市政をもう1期務めたいそうだ。
ますます先行き不透明な今の時代。皆が喜びそうなビジョンを示すことすら困難といっていい。町づくりは短時間で勝敗を決するスポーツとは違う。先が読めない中を、リーダーの判断で勇敢に突き進んでもらっては困るのである。
意見を出し合い、試行錯誤を重ねながら解決を目指すのは、市政に参加する全員の共同作業だ。リーダーに求められるのは、全員が歩調を合わせて自由に意見が出し合える状況を〝チーム〟の中につくり出す。そして出てきた意見を調整しながら方向性を定めることである。今は強がりのリーダーはいらない。
市長だけではなく、誰もが自分が暮らす町をいい町にしたいと思っている。じゃ、自分にとっていい町とはどんな町?と聞いてみたい。皆さん、言葉にしたことがありますか?