Archive for 11 月, 2017

2017年12月号

月曜日, 11 月 20th, 2017

○月○日
〝戦後〟という言葉遣いをして、70年以上のときがたつ。戦争という歴史の伝えかたは本当にむずかしい。
学校での歴史教育は、古い時代から進めるので、昭和の時代の頃になると、時間配分が押してきて、戦争の歴史というか、敗戦の歴史ははしょってしまう傾向にある。そのせいだけではないが、中国に〝満州〟と呼ばれた地があった、という歴史がどんどん忘れさられていっている。
一冊の本が出版された。「満州の土建王・榊谷仙次郎」という本だ。土建国家「満州国」の深層、満州国を造った一代記、国土建設の視点から見た満州史、と表紙に書かれてある。
下蒲刈町三之瀬に歴史のある豪荘な建物が残っている。この建物こそ、今回本誌で取り上げた榊谷仙次郎が戦前に造った別荘だ。実をいうと、私はこの建物に上げて貰ったことがある。元下蒲刈町の町長だった竹内さんの住居だったからだ。海べりの邸内からは蒲刈大橋や 対岸の向地区、そして本土方面には遠く野呂山の山容が見える素晴らしい立地だ。邸内や外観は日本風というより、どこか異国の雰囲気だ。聞くと、建てた人は満州で立身出世をした下蒲刈島の出身者ということだった。
一冊の本が、今も残る榊谷仙次郎別荘、観瀾閣を通して想像力をかき立てるのである。
〝満州と呉〟のつながりは、歴史に数多く刻まれている。たとえば満州千福工場の隆盛だったり、土建の松本組の進出などである。また、満州での活躍が書かれた本も出版されている。浜崎真二の「48歳の青春・球界彦左自伝」と呉工業試験場の初代所長、日下和司の一代記「炎は消えず」だ。日下和司は元満鉄撫順製鉄工場長で、浜崎真二は満鉄野球部のエースだった。
榊谷仙次郎と浜崎真二、そして日下和司の共通項は〝満鉄〟。そして三人が満州で出会った重要な人物が、外務大臣、満鉄総裁を歴任した〝松岡洋右〟だ。松岡洋右のような日本のトップの人と渡り合った三人の本が、私の机の上に3冊並んでいる。今回の特集は、誌面の都合で「炎は消えず」は掲載出来なかったが、また誌面にしたいと思っている。
先日も飲み友達の一人、ジャパンマリンユナイテッドの関係者から、レアメタルの研究者として有名だった日下和司の話題が出た。それほど技術者として今も語り継がれていることが分かったのだ。
そして、〝満州〟は遠い歴史ではなく、「この世界の片隅に」の物語にもつながっていることも知った—。
○月○日
11月12日の呉市長選挙で新原芳明さんが初当選した。当日の有権者数は19万3116人。投票率は52・4%。前回を10・29ポイント上回った。
今回の選挙は立候補者が戦後最多の4人、現職の小村さん、元衆議院議員の三谷さんと新人二人の戦いだった。
私は小村さんや三谷さんのことは、何回かお話しさせて貰ったりしていたので、お二人のことは存じている。また、新原さんには呉市長に立候補するときお話しさせて頂いた。
ひと月程前、中小企業家同友会が開催した立候補予定者の政策を聞く会で、4人の話を聞いた。そのとき思ったことだが、4人が舞台の上に並んで話をする姿や声、そしてコトバは、その人のすべてが透けてみえるような気がしたものだ。
私は、新原さんが当選してよかったと思った。呉市民はよく見ていたのである。旧態依然とした政治のシステムを少しでも変えたかった。そして、地元の有力者たちへの利益優先政治を許したくなかったのである。
呉市は新原新市長の誕生で、日本のどこにでもある地方都市から、独自の自治体になる希望が残った、とそう思いたい。
新原さんには是非、1期4年、その期間の年間カレンダーを4枚市長室に掲げて貰いたい。
期待しています。