Archive for 8 月, 2018

2018年9月号

水曜日, 8 月 22nd, 2018

○月○日
私と「この世界の片隅に」のかかわりはずいぶんと長い。「漫画アクション」に平成18年から21年にわたって連載されたこの作品は、すぐに単行本化され、その結果こうの史代さんは数々の漫画賞を受賞する。私が初めてこうのさんにお会いしたのは、「夕凪の街 桜の国」が発表されて評判になったときで、次回作は呉が舞台になると聞いて、東京在住のこうのさんに取材で伺ったのである。
こうのさんは本誌のことを御存知で、母方の里の呉には、休みになるとよく来ていたと言われた。また母方の、ルーツは川尻の「東河野家」ということで、その由緒が祖母から母へ、そしてこうのさんに受け継がれていると感じた。
「この世界の片隅に」は、その後北川景子主演でテレビ化され、そして長い時間がかかってアニメーションで映画化された。苦労して出来上がった映画は封切られ、あっという間に封切館が全国に増え続け、大ヒットを記録したのは衆知のとおりである。
そして、今年7月に始まった連続テレビドラマにつながるのである。
今回の連続ドラマを観て、一番おもしろいな、と思ったのが榮倉奈々が演じる2018年の呉のドラマである。「北條すず」という表札がかかった古民家が呉に残っていた!?という「現代篇」のパートだ。原作にもアニメにもない、オリジナルの物語を加えたのである。
米軍の爆撃で右手を失ったすずさんは、そのときまだ20歳だった。すずさんの戦後はそれからえんえんと続いたのである。そして、すずさんに子どもが出来ていたとしたら、ベビーブームの団塊世代の子どもである。戦後は今年で73年、すずさんが生きていたとしたら93歳ー!?
すずさんは〝この世界〟から長い長い〝この世間〟をどう生きただろうと想像するのである。本誌で〝この世界〟から〝この世間〟にという連載をしているが、まさにそのコンセプトなのである。〝呉の世間〟で生き続けたすずさんはどんな処で佇み、〝この世界〟を振り返りながら生きだろう!?
すずさんが生きていたとしたら、どんな暮らしをしていただろう!?
「この世界の片隅に」の単行本の下巻の最後に、参考文献の頁がある。その中の〝お世話になった方々〟に私の名前も掲載されている。私がこうのさんにすすめたのは、呉出身の作家田中小実昌さんの本だ。こうのさんが参考にしたのは、〝アメン父〟と〝田中小実昌自伝〟とある。
実は田中小実昌さんは昭和元年生まれで、すずさんと同じ齢だったのである。小実昌さんの作家の原点は中国戦線に出兵したこと。そして終戦、戦後のどさくさ時代に東京に上京、無頼な生活が地平にある。そして多くの作品に故郷呉のことや父のことが記されている。
小実昌さんも〝この世界〟から〝この世間〟の片隅に生きていたのである。そこで想像力たくましくして、すずさんが〝呉の世間〟で生きていたとしたら!?と考えるのだ。
そこで今回の連続ドラマだが、〝現代篇〟は戦争と今とは地続きですよ。つながってますよ、ということを伝えたいのだろう。
もし、すずさんにずっと右手があったなら、戦後も彼女は絵を描くことで現実逃避をすることもあっただろう。しかし、右手を失ったからこそ、彼女はきちんと周りの人と向き合い、長い戦後を生き抜いたのではないか、と想像するのである。
そんな想像が止まらない「この世界の片隅に」は、この12月に新しいパートを加えた新バージョンの映画として公開されることとなった。
この物語はまだまだ私の心の片隅に住み続けそうだ。