2018年3月号

○月○日
潜水艦に乗る機会に恵まれた。全長81・7m、幅8.9m、乗組員71名の潜水艦いそしおである。呉のFバースから見える灰が峰はまさに真正面、頂上には先日の雪が白く残っていた。
私が見学した潜水艦いそしおは「おやしお」型の5番目艦である。今回潜水艦内で見たかったのは、食堂と居住区、とくに寝床だ。思ったとおり、寝返りをうつのも大変そうである。私の義兄が自衛隊の潜水艦乗りだったので、少しは艦内生活のことを聞いていたから想像はしていたが、実際に入ってみると、やはり過酷な住空間である。海上自衛隊員の中で潜水艦乗りの適性が一番むずかしいといわれる任務がここにある。
私はちょうどいま、「幻の潜水空母」といわれる伊400型潜水艦のことを調べている。
昭和19年12月末に呉海軍工廠で竣工されたのが潜水艦伊400。艦の全長122m、最大幅12m、深さ10m、燃料満載時の排水量は5523㌧で乗組員177名という空前絶後の巨艦である。そして何よりこの潜水艦には攻撃機3機を搭載していた。航空魚雷、または800㎏爆弾1個を搭載する特殊攻撃機「晴嵐」だ。これが「幻の潜水空母」といわれた伊400型で、同時に佐世保で造られたのが伊401である。
この2艦の潜水空母作戦は、帝国海軍最後の作戦といわれるパナマ運河爆撃計画だった。こんな途方もない計画が敗戦の年、昭和20年に行われようとしていたことは、殆ど知られていない。その理由としては、伊400型潜水艦は就役から降伏までわずか8ヶ月しか任務についていないこと。そして全く戦闘に参加することができなかったからである。そして敗戦、伊400型潜水艦はハワイで調査の後、電撃処分された。
しかし、これらの潜水空母の歴史を後世に伝える努力は続けられていた。そんな中、敗戦後60年、ハワイオアフ島の沖合の冥界から伊400・401潜の沈没映像が伝わってきたのである。
それに続いて、2015年、アメリカのジャーナリストによって「伊400型潜水艦最後の航跡」上下巻が発行され、〝幻〟の潜水空母の真実がまたまた話題になっているのだ。呉で造られた戦艦大和の後に、このような潜水空母が続けて造られたことに驚くのである。これらのレポートは次号に掲載予定している。

○月○日
海上自衛隊呉地方総監の池太郎さんにお会いした。池総監は江田島の術科学校の校長も務めた。池総監は海上自衛隊と呉の地域の住民の間を少しでも身近にするために、様々な取組みをされている。昨年夏の呉基地でのサマーフェスタでは呉JCと共催で呉地域の高校生を巻き込んだ祭を企画したり、地域の小学校の遠足に呉基地を開放している。また、〝海自カレー〟企画も引き続き積極的な協力が続いている。
今回私が伺ったのは、本誌への協力のお願いである。〝お隣の自衛隊さん〟という企画で、呉市在住の自衛隊さんにインタビューに応じて貰うお願いだ。
心よく引き受けていただいたのだが、それにしても海上自衛隊基地の空気は、町のそれとは違うことに改めて気づくのである。背筋がシャンと伸びる感覚というか、隊員の礼の姿や、言葉使いに新鮮さを感じるのだ。普通に自衛隊員と接することは、呉市民だとよくあることだが、町で会う自衛隊さんと自衛隊基地で会う自衛隊さんの雰囲気が断然が違うということが新鮮なのである。
呉市民は海上自衛隊基地にもう少し近づくべきだと思ったのである。お隣の自衛隊さんの基地は空気が違います。

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