2018年4月号

○月○日
〝イタリアの小さな村
ここで命が生まれ、恋が芽ばえ
始めも終わりも
大地に包まれている
よく笑い、よく食べ、よく遊ぶ
私たちが忘れてしまった
素敵な物語
人生のすべてがそこにある〟
BS日テレのドキュメンタリー番組の〝イタリアの小さな村〟冒頭のナレーションである。このナレーションと共に流れる歌も、美しいイタリアの風景と相まって、あっという間にテレビ画面に引き込まれる。
私は、日曜日の朝10時になると、BS日テレのこの番組を見ている。見ていて心地いいというか、心が洗われるというか、ナレーションの〝私たちが忘れてしまった素敵な物語〟というコトバが私に響き、腑に落ちるのである。
イタリアの半島には小さな村や町が各地に点在して、昔ながらの生活の歴史をつないでいる。それはどっしりと地に足をつけた〝スローライフ〟そのものである。番組では毎回村に暮らす一・二家族の日常が淡々と映し出される。その主人公が語るコトバや相貌からその人の物語が少しずつ現れてくる。
中でも、村の年寄の存在感がすこぶるいいのだ。年寄は村でも家でもハネにされていない風景が見てとれる。そして、その年寄が人生を語るとき、画面に自分の若い時の写真が映し出される。結婚した当時の夫婦は皆生き生きとして魅力的だ。そして、その貌は今の当主である息子や娘にそっくりなのである。時代は変わっても、変わらない村の風景と共に生きる村人の貌も変わらないのだなと感じる。そしてもう一つ、世代を超えて語られる変わらないコトバが〝故郷が好き、ここで暮すことが幸せ〟ということ―。

〝守るべきは「お金」より「山河」〟と書いているのは〝ローカリズム宣言(デコ)〟の著者内田樹。〝イタリアの小さな村〟のテーマと同じである。
この本の中で、〝人口3000人の村で27軒の飲食店が潰れないのはなぜか?〟という章がある。岐阜県中津川市加子母という自治体のことだ。飲食店一軒あたり100人少々の顧客しかいない計算になるが、そこを村の人々が考えた。27軒すべての店の経営が成り立つように、外食するときに行く店が「ばらける」ように工夫しているというのである。だから成り立っている。
加子母という地域は、木曽檜という守るべき資源があり、植林、製材と木造建築の技術が伝承されている。森と技術を村の次世代に伝えなければならない。その使命感が集団的に共有されていたから、地域共同体では相互扶助、支援のマインドが育っていた。だから、27軒の飲食店が潰れないという。
〝イタリアの小さな村〟に戻るが、各々の村には必ず一軒以上のバール(飲食店)が町の装置として設けられていて、集会所のような役割も果たしている。朝から夜まで、時間と共に村人が入れ変わり立ち寄っていく。そのバールも村人にとっては村の「山河」のように思っているのだろう。
呉にもこんな〝バール〟が欲しい。

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